これでいいのか辛口!チェーンストアにもの申す(35)「養老乃瀧」

1999.10.04 189号 22面

「養老乃瀧」チェーンといえば、わが国を代表する居酒屋企業である。ちなみに昨年の外食ランキングでは、国内一三位、年商八三八億円、店舗数一八二三店(うちFC一七七七店)という巨大な外食企業である。

養老乃瀧チェーンが、ここに至るまでには大変な苦労と困難があった。それを乗り越え、よくぞここまで大きく成長されたと称賛に値する企業である。

特に創業者木下藤吉郎氏は、昭和13年創業以来“人=人財を大切にする”という独特の哲学を持ち、この日本一の居酒屋チェーンをつくり上げてきた。しかし、名称はチェーンでも、決して養老乃瀧は「チェーンストア理論」に基づいたチェーンという意味ではない。何もかも均一で標準化が図られた、あのチェーンストア経営ではないということである。

養老乃瀧全国総本部がFCチェーンの中核を担い、後は地域のサブフランチャイズ本部がその地区を統括する。その上に地区本部には属さないFC加盟店や、本部直轄の直営店が網の目のように展開されるという、非常に複雑なチェーン展開の仕組みをとっている。

だから管理が複雑で、お店のQSCレベルがバラバラになりやすい。非常に繁盛しているお店と、「何じゃこの店は?」とレベルの低い両極端なお店が現に存在している。つまり、現場の店長や働いている人によって、QSCレベルと売上げ実績に大きく差が出るのである。

しかし、それこそが「人=人財を大切にする」養老乃瀧の魅力でもある。

その養老乃瀧が、現在の不況、それによるリストラ、人員余剰によって起こる脱サラブームをとらえて、そういった脱サラ組に小規模な居酒屋を経営してもらおうと、「一の酉」という焼き鳥屋FCを募集しはじめた。時代の流れをつかんだ、素晴らしいプロジェクトだと感心し、そのモデル店舗に行ってみた。

東京都大田区南蒲田。そこは東京の下町らしく、民家がすき間なく軒を連ねる地区。小さな商店街のはずれに、その店はあった。

入店したのが午後7時ごろ。一〇坪ぐらいの小奇麗な店内にお客は四~五人。焼き鳥の香ばしいにおいが店内に充満。平均一二〇円の焼き鳥をメーンに、お酒のつまみが七~八品目。地域に根差した小さな焼き鳥店といった風情である。

しかし、よく観察していると入り口横のテークアウト口にだれ一人買いに来ないのである。こうした店では、店内食と持ち帰り比率がせいぜい七対三くらいないと売上げは上がらない。

例えば、焼き鳥の持ち帰りが二~三万円、店内の飲食が六~七万円で、日商八~一〇万円くらいを目標にしているはずである。ところが二~三時間いた間に持ち帰りの客は一人も現れなかった。不思議なことがあるものだと思い表に出てみると、五〇m先の角に焼き鳥の屋台があるではないか。そこは、焼き鳥一本七〇~八〇円である。そのおばさんが言う。

「うちは、もともと魚屋なのよ。でもこうして焼き鳥焼いたら自然にお客さんが集まってきちゃってさ、今じゃ日に三〇〇~四〇〇本は売るわよ。大田区のTVだって取材に来たくらい、ここらじゃ人気あるのよ。そうね特別な味の秘密はないわ。だってそうでしょう。焼き鳥なんてビールのおつまみか子供のオヤツだからね。私だって、焼き鳥はずぶの素人だもの。もともとは魚屋なのよ」

一の酉事業は、養老乃瀧の本部で作られた計画通りに進められているという。ある飲料メーカーの企画マンが話してくれた。

「養老乃瀧本部で企画した新FCプロジェクト、魚彦も一の酉もイマイチですね。それは結局、数値や計画が先行して、その通りにいかないからなんです。例えば一の酉は、家賃坪八〇〇〇円以上のところには出られませんからね」

この話を聞きながら、「あ~あ、こんなところにもチェーンストア的な計数管理の思想が浸透しているのか」とやるせない気持ちにさせられる。

こうした計画数値を先に作り、その計画に沿って物事を進めることが近代的で優れていることなのだと、いつもわれわれは教えられてきた。しかし、現実の経営の場面で、一体計画通りに物事が進んだことなどあっただろうか。

「数値で経営を語れる人間になれ!」などという、数値万能主義の風潮は今でも根強いものがある。数値はあくまで机上の論理でしかない。現実はもっと複雑で多様なものである。

バブル崩壊を数値で予想できただろうか。大手企業の倒産を、数値で予想できただろうか。だから当初役員会で承認された、数値で組み立てられた企画がうまくいかなければ、その場で手直しできるような、そんな柔軟な対応が絶対必要なのだ。そのプロジェクトに大きな権限を与えるべきなのだ。

それが管理優先、数値優先の組織の中ではできない。だから一の酉のモデル店が、何も知らない焼き鳥のおばちゃんに木っ端みじんに粉砕されているのである。

数値で組み立てたプロジェクトがあったから、養老乃瀧ができたわけではない。人=人財を大切にする優れた経営哲学を持ちながら、書類や企画書や数値で仕事をするようなら、養老乃瀧チェーンの未来も知れたものである。

「仕込みに手間ひまかける」一の酉なら、丸鳥やもも肉からさばいているのだろう。であるなら、そのとりがらでスープを取り「特製チキンラーメン」でもメニューに加えるくらいの柔軟性がないと、このプロジェクトの未来は危ういのではないだろうか。

もう一度足元から、考え直してみようではないか。現場を見てみようではないか。そしてそこから、一歩を踏み出していただきたい。何故なら、木下オーナーもそこから歩いて頂点に立たれたのだから。

(仮面ライター)

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