わかりやすいHACCP(14)殺菌する(その4)
天ぷらは戦国時代の末期にポルトガルから長崎を経由し日本に伝来した料理であるといわれています。キリスト教徒の多いヨーロッパでは金曜日に魚を食べますが、魚の生臭さを消すために天ぷらバッターをつけフライしたのです。英語でフリッターと言います。このフリッターという調理法がポルトガル人によって、日本に伝えられ、江戸にきて江戸湾の近海魚のおいしい調理方法として天ぷらに発展したのです。
衣に含まれる油分がカロリーが高いといって揚げ物を敬遠するようになってきましたが、堺市の大規模な食中毒事件以来、油で揚げるのは安全な調理法として見直されるようになりました。
さて、先回は加熱調理食品は、中心部が七五度Cで一分間以上またはこれと同等以上まで加熱することの重要性を学びました。揚げる際の油の温度は一六〇~一八〇度Cと高温で食中毒の心配がないということで見直されている調理法ですが、油の温度が高温だからといって安心してはいけません。食品の中心温度が七五度C以上にならないと安心できないのです。
一般的な衣は薄力粉と卵、水だけ。衣は魚などの具の回りに付着し高温の油で揚げられるときに含んだ水分が蒸発し油に置き換えられます。衣はきつね色になって硬くなり、具の水分の蒸発を妨げ、食材のおいしさを逃さず軟らかく仕上げるのです。
普通のエビ天ぷらなどは衣をつけてから油にいれ、一分三〇秒から二分で揚がります。十分に加熱されると、衣が油で固まり、食材の水分が中に閉じこめられますが、高温の油で加熱され、食材の温度も高温になり、中の水分も沸騰し水蒸気となります。
つまり、天ぷらの衣を水蒸気でふくらませ、油面に浮き上がってくるのです。衣の色と浮き上がり具合で調理を判断し菜箸で揚げるのですが、勘で調理をすると生揚げや揚げ過ぎのおそれがあります。
長年の修業が必要な職人を抱える高級な天ぷら屋は、普通の天ぷら鍋を使用しますが、一般の飲食店ではそうもいきません。安定した天ぷらを安価に揚げるために最近では温度を一定に保つサーモスタット付きのフライヤーを使うようになりました。
火の通りがよいエビや野菜は良いのですが、かき揚げのように大きな揚げ物は低温でじっくり中まで火を通す必要があり、温度と時間の正確な管理が必要になってきます。ベテランがいなくてもおいしい天ぷらを揚げられるよう、サーモスタットの付いたフライヤーを使うのが味と衛生管理の両立の上で必要なのです。
でもサーモスタット付きのフライヤーを使っているからと言って安心してはいけません。以下にその注意点を見てみましょう。
(1)油温を一定に保つサーモスタット=サーモスタットの温度の設定が一八〇度Cになっているからといって安心してはいけません。温度計の設定と油の温度が同じかどうかの確認が必要なのです。機械ですから使っているうちに狂いがでてきます。毎日、正確なデジタル温度計でサーモスタットの設定温度と油温が合っているか確認する作業をしましょう。
(2)フライヤーやサーモスタットの特性=サーモスタットが付いているフライヤーでも、サーモスタットの温度感知センサーの位置、感度により温度のばらつきや、揚げ物を入れて温度が下がった際の応答性が悪いと油温が下がり一定の時間がたっても食材の温度が上がらず、食中毒の危険だけでなく、衣に油を吸い込んでべたっとした味になります。実際に調理をしてから購入しましょう。
(3)油量と食材量のバランス=いくら性能の良いフライヤーを購入しても、油の量が規定より少なかったら、食材を投入するとすぐに油温が下がるし、多すぎると油温の上昇が遅くなり、やはり油っぽい仕上がりとなってしまいます。
フライヤーは油の量を正しく入れても、もともとの火力が弱かったり、生食用の火力の弱いフライヤーで大量の調理を連続したり、冷凍食品を揚げると油の温度が下がってしまいます。売上げや食材に適したフライヤーを使いましょう。
フライヤーの性能を左右するのは温度の安定性のほかに油の温度回復力が大事です。一八〇度Cの温度の油に食材を投入すると温度は二〇~三〇度C下がり、食材に火が通るころに温度は一八〇度C近くに回復するような温度回復力が重要です。
これはフライヤーの設定火力のほかにフライヤーの熱交換機の手入れにより左右されます。
フライヤーは電気でもガスでも長く使っていくうちに油が熱交換機にカーボンとなって付着し、熱を伝達しなくなります。定期的にそのカーボンを強力アルカリ洗剤などで洗い落とす注意が必要です。
天ぷらバッターには生の食材をつけますので、細菌の繁殖のおそれがあります。細菌が繁殖しないように温度を下げて保管したり、定期的に破棄する注意が必要です。
もう一つ重要なのは油の酸化です。食中毒菌は死滅しても、使っている油が古く酸化していると、食あたりを起こし食中毒以上の症状が出ることがありますので注意しましょう。
まず、新鮮な油を使用しましょう。新鮮とは油が酸化していないということです。日本は油の酸化に対する基準が最も厳しい国で、保健所は使用している油の酸化度の抜き取り検査を実施します。
最も油を使用する業界は、インスタントラーメンです。油で揚げた麺をすぐに食べるのなら問題ありませんが、揚げた麺を袋詰めし、小売店の店頭に何ヵ月も並べて常温で販売すると、店頭で太陽の直射日光を浴び、あっという間に酸化します。
そこで日本独自の厳しい油の酸化基準が定められ、使用する油の酸化度は二・五以下でなくてはならないのです。これは店舗で油を毎日加熱すると、たいして量を揚げていなくても、三~五日くらいでその数値に達してしまうほど厳しい水準です。この基準を超えた油は廃棄処分しなくてはなりません。
天ぷらの場合、衣重量の一〇~五〇%が油です。そこで毎日揚げる天ぷらの量が多く、十分に油を吸い取ればその分、さし油をしなければなりません。これを油の回転率といいます。
毎日鍋の揚げ油と同じ量のさし油をする場合、油は一回転するといい、一日に一回転すると油の酸化度はあまり進まず、常に新鮮な状態を保つことができます。天ぷら以外の揚げ物であまりさし油しない場合は、頻繁に油を交換する必要があるのです。
油の酸化度や交換基準を調べる簡単な試験紙が市販されていますので、使用すると良いでしょう。
(経営コンサルタント/立教大学社会学部非常勤講師・王利彰)