超繁盛店ルポ:紅虎餃子房銀座店、面倒でもすべて手作り
たった一分の間に六〇万件を超えるアクセスが殺到したソニーの電子商取引のウェブサイト「プレイステーション・ドットコム」。派手なイメージとは裏腹にまだまだ日本では発展途上といわれるeビジネス(電子商取引)において「プレステ2」の現象は、消費不況といわれる時代でも本当に良いものは売れるということを実証した。余りの人気に一時は注文ができない状態になり「プレイステーション・どっと混む」といわれてしまったが、消費者のソニーの優れた技術力に対する信頼度と「プレステ2」のさまざまな機能に対する期待度のすごさを改めて見せつけた。一方、われわれ飲食業界においても、比類ないクリエーティビティーと人間力あふれるオペレーションで、地下二階という厳しい立地にもかかわらず連日連夜「どっと混む」すごい店は存在した。
二〇〇〇年だ、ミレニアムだと叫んでも一向に景気が上向いてこない日本列島。特に消費者の財布のひもは相変わらず堅い。しかしながらソニーのAIBOやJRの豪華列車ツアーが高額にもかかわらず爆発的に売れているように、さすがに消費者も不況ブームに飽きて来たようだ。かといってバブルの時のように何でもかんでも売れるというのではなく、自分だけのためにといったオーダーメード感がある癒し系のものに人気が集中する傾向にある。
ところが残念ながら飲食業界では、大量仕入れ・大量生産によるマスメリットの追求や、品質・サービスの標準化、均一化といった大昔の工業的発想であるチェーンストア理論という念仏を未だに唱えてお客や従業員を物としか見ない企業か、消費者心理の勉強や商品開発・品質向上といった前向きな努力をしないでコスト削減だけに奔走する個人商店がほとんどである。
当然そうした飲食店は負け組となり、中食や宅配といったものに押されて低迷を続けている。ミレニアム記念セールだから二〇〇〇円均一だとか二〇〇〇円引だとか語呂合わせしている暇があったら、少しは二〇〇〇年的発想で笛を吹いてあげれば消費者だって踊りたがっているのにと常々思っていたら、そうしている人がいた。
際コーポレーション株式会社の中島武さん。この会社の人からいただく名刺にはどなたも肩書が書いてないので確認したら代表取締役であった。
「ポイントは二つ。流行を追わないでオリジナルのトレンドを作り人目を引くこと、そして中身で人の心をつかむことです。少々大変でもまねをしないで、立地の特性に合わせた新しいものを作りだします。『紅虎餃子房』という同じ屋号の方が最初から来てくれるので楽ですが、それでは会社は強くなれませんし本部スタッフのプレステージも店舗スタッフのモチベーションも上がりません。新しい業態で出した店は三ヵ月くらいからエンジンがかかることが多く、それ以上たっても軌道に乗らなければ別の業態に変更します」
業態変更は決定から、新企画立案、入れ替え、リオープンまでわずか二日で完了するというデジタル通信並のスピードだ。本部スタッフの優れた感性と店舗の強い実務能力、そしてフラットな組織の三つがそろって初めてなせる技である。
さて話が超繁盛店ルポとは少し外れたスタートとなったが、際コーポレーション(株)約一〇〇店舗の中でも屈指の実績をあげているのが、今回紹介する「紅虎餃子房・銀座店」である。
この店は「どさん娘チェーン」を展開している(株)ホッコクがFCジーとして経営する二〇〇坪の大型店である。以前は銀座のど真ん中とはいえ地下二階、どんなに頑張っても月商一八〇〇万円が限度の「DOサンコ」という赤字の居酒屋だった。
それが昨年5月の業態変更以来平均月商五五〇〇万円、12月には六七〇〇万円を売上げた超繁盛店に生まれ変わった。
「銀座にこんなに食事をするお客さまが多いというのには驚きました。特に日曜祭日は以前と余りにも違って最初はうろたえたほどです」と話してくれたのは責任者の堀井店長。客席数三二〇席、スタッフ総勢六五人にも及ぶ大所帯の運営管理をするリーダーは、何とおばさん(失礼)である。これには筆者が驚きうろたえた。
堀井店長は前の居酒屋の時からこの店の店長をしていて、会社の方針で今の業態に転換する際に中島社長と初めて面談した時、「飲食店はトータルファッションが大切、ただおいしいだけでなくお客さまも働く人も楽しくなければ成り立たない」という言葉を聞いて目からうろこが落ちる気がしたという。
そして中華料理店の雰囲気づくりのために既存の日本人スタッフは極力カットし、ほとんど中国人スタッフで運営する現在の体制(日本人スタッフ七人ぐらい、あとはすべて中国人スタッフ)をつくった。よって店内の公用語は中国語となる。
堀井店長は中国語がほとんど話せないので、ミーティングの時は両国語ができる人に説明をしてもらう。言葉が違う方がなれ合いにならなくて指示をよく聞いてくれるので良いという。
お客とは日本語と中国語の両方で接客する。その方が中華街に来たような本物感を味わってもらえるからだという。確かにこれだけ大きな店で中国人スタッフが大勢そろった雰囲気は本場そのものだ。料理を食べる空気が違う。そのせいかランチタイムでも、時間を気にしてガツガツしているサラリーマンは皆無で、客層が実にバラエティーに富んでいる。
女性客が六割とやや多いが、皆ゆっくり食事を楽しんでいる様子だ。銀座で一〇〇〇円程度の単価でこれだけおいしくてくつろげる飲食店はまずない。さらに夜は、本格的な中国料理をリーズナブルな価格で心おきなく堪能できる。
ランチはホール一八〇席のみの営業だが、ディナーは五つの個室も開放し三二〇席のフル営業にもかかわらず毎日オーバーフロー状態の大盛況が続く。お待ちになるお客には申し訳ないが、お食事中のお客には時間を気にせず召し上がっていただけるように気を使っているそうだ。
料理はすべて本場中国から来た本格的な調理人たちの手作りで、半調理品やレトルト食品は一切使わない。作る人によって微妙に味が違うが、どれもおいしいというのが人気の秘けつである。ちなみに同じ紅虎餃子房でも、店によって少しレシピが違うそうだ。そのため「紅虎餃子房〇〇店の味が自分の好み」というのがお客によってあるという。
しかも、紅虎餃子房以外に「万豚記」とか「大鴻運天天酒樓」とか、とにかく店名がざっと数えても三〇以上あってとても書き切れないが、それぞれにテーマがあってターゲットもメニューも単価も全部違う。これだけたくさんのパターンの美味をつくり出し運営するのは大変そうだが、お客にしてみれば美人は一人よりいろんなタイプの人がいた方が良いのと同じで、自分の好みで選択できるし楽しいに決まっている。
このチェーンストア理論の信者に聞かせたら卒倒して泡を噴きそうな事例こそが、今の消費者ニーズにマッチした二〇〇〇年型飲食店チェーンの成功法則なのかもしれない。
紅虎餃子房銀座店では、通常一人三五〇〇円から四パターンの宴会コースを用途やメンバー構成によって内容をアレンジしている。
例えば「お酒が中心の男性グループにはスープの代わりに辛い料理を一品入れたり、お年寄りにはあっさりした調理方法をおすすめします。また小人数のときはすべての宴会コースに付く当店名物北京ダックを一羽出すとそれだけでおなかがいっぱいになってしまわれるので、量を調整して別のメニューを加えるようにしています。常にお客さまの要求をキャッチして、お店と長く付き合っていただけるようにしたい」と堀井店長。
お客から頼まれて渋々というのなら分かるが自ら提案することなど、一日に八〇〇人以上も来店されるお客をいかにさばくかだけで目いっぱいの並の男性店長では、三回生まれ変わってもできない技だ。銀座だからフリー客が来るだろうと手を抜くことは一切ない。
「大変なことはないわけではないけれども、売れれば自然に笑顔が出ます」
前の居酒屋の時、どんなに一生懸命気を使ったサービスをしても、細かい数字を分析しても、お客は簡単には来てくれなかった苦しい経験のある堀井店長にとって、お客がどんどん来てくれてお店が繁盛することは最高のストレス解消法だという。だから最近はストレスが全くないそうだ。
紅虎餃子房銀座店を取材して、お店はやはり店長の力次第というのが率直な感想だ。「店が売れない原因の七割は本部の企画が悪いからです。店の責任は三割しかない」という中島社長が「堀井さんに初めて会った時、FCジーになる(株)ホッコクの人に、女の店長では大型店は無理だから代えてくれといったのは、自分に全く見る目がなかった」と素直に非を認めるだけに「店が売れてる理由の七割は堀井店長の努力です」と筆者が言っても分かってもらえるだろうなと思いつつ、外はまだまだ寒い銀座四丁目の地下二階からのホットな超繁盛店ルポを中締めとしたい。