シェフと60分:「ラ・クイエット」シェフ河野匡康氏

2000.05.01 203号 19面

昨年、試験的に仕掛けた「フランス地方料理フェア」が好評で、今年から月替わりの地方料理に挑戦している。その土地ならではの素材・料理法にこだわり、プリ・フィクススタイルのメニュー内容は前の月とはがらりと変わる。

例えば3月は海の幸豊かな「ブルターニュ地方」。オマールエビ、アンコウ、カニ、タラ、タイなど海産物をダイナミックかつシンプルに調理して提供。4月は農民の国「オーベルニュ地方」。羊の乳のチーズや野菜のうまさを引き出したヘルシーなフレンチをアピール。5月はシャンパンを使った料理やスープ料理で有名な「シャンパーニュ地方とロレーヌ地方」。6月は川魚、ジビエ、オリーブなどの食材と内臓料理の「ドーフィネ地方」などなど。

「仕入れからまるっきり違ってくるので、月始めの初日はすごく緊張します。月後半には次のメニュープランを組み立て、仕入れ交渉で頭がフル回転状態。楽ではないけれど、ものすごく勉強になる。仕掛けてくれた倉田オーナーには感謝しています」(笑)

昨年、三年間のフランス修業を終えて帰国。古巣のラ・ブランシュでお礼奉公をしているとき、倉田栄示シェフ(ネプチューン代表)と出会い、ラ・クイエットの二代目シェフに。この春で一年を迎えた。

月替わり地方料理フェアは、客を飽きさせないことを短期的な狙いとすれば、「いろいろな地方を知り、土地の料理に親しんで、丸ごとフレンチを好きになってもらう」長期的な戦略でもある。料理に合わせ、その土地のワインやチーズもできるだけ紹介する。もちろんお客からは「お店に来るだけで旅行気分が味わえてうれしい」と好評だ。

仕入れ替えに伴うコスト高の懸念も、「月単位であれば単発でフェアを組むより無駄がなく、定番ものを出すのとほとんど変わらない数字で抑えることができる」とする。

料理のスタンスは「伝統を大事に」。はやりのもの、見た目の斬新さや、奇をてらった料理には関心がない。

「素材の持ち味を生かしながら、いかに組み合わせ、響き合わせるか、味の調和に心をくだきます。気軽においしく食べてもらい、フレンチファンを増やしたい」

ソースをきちんと作り、バターやクリームは多用しすぎず、オリーブ油を用いるフレンチは、かなりな高齢の人をもリピーターにしてしまう。醤油は使わないが、天然岩海苔をソースとし、ヒラメをワカメで巻いて蒸す「平目の海草蒸あさりと天然岩海苔のソース」など、和風テーストにもチャレンジする。

もともとフレンチ志向だったわけではない。最初に入った洋食店で、フレンチをやっていた人と出会い、「自分も修業してみたい」と思ったことが始まりだった。「高給なのにもったいない」と周りにひきとめられたが、一年で辞し、岐阜のラーモニードゥラ ルミエールへ。厨房は山村幸比古シェフに教えを請う若手のライバルがひしめき、「どうやって目立つかでしのぎを削った」。

シェフの出勤時、つけ合わせ用にアレンジした料理を差し出して、OKをもらったときは感激したそうだ。四年の修業を経て東京に戻り、ラ・ブランシュの田代和久シェフのもとで二番手として二年。そして本場フランスへ。

「フランスへ行きたいと言うと、田代シェフは『勝手に行ってこい。店は自分で探せ』と(笑)。何くそっと思い、とにかく行ってから見つけようと飛び立った。ただ、行く直前に仏在住の日本人シェフあての手土産を『持って行け』と託され、結局パリでその人が最初の店を紹介してくれたんです」

厳しく遇して弟子を思いやる親心である。その後は自分でこれはと思う店に電話をかけまくり、カルカッソンヌ、マルセイユ、ブルターニュほか、ベルギーとルクセンブルクの各店で武者修業に明け暮れる。

「本物を知りたいと渡ったフランスで学んだことは、地域に根付いたその土地ならではのフレンチのよさでした」。フランス文化が地方文化の集大成であるように、「自分の料理は日本を含めていままで出会ったシェフたちから、教わったものの調和なんです。それを自分の中でじっくり練り上げていきたいですね」。

新宿から私鉄で一五分余り。ビジネス層と住民層が混在する東京郊外で、ラ・クイエット(収穫の意)は新鮮な、フレンチの風を吹かせている。

文   栗田京子

カメラ 岡安秀一

一九七一年埼玉県生まれ。共働きの両親のもと、小学生のころから自然に料理に親しむ。周りが進学するなか「型にはまるのが嫌」で、武蔵野調理師専門学校へ。卒業後、レストラン・ダイナーロコで一年修業。

その後は本文にあるとおりだが、山村シェフから「忙しいとき、大変なときも妥協をするな」「テーマをもて」など「毎日説教をくらった」ことが、いま仕事に対する芯になっているという。性格的には「ぱっと怒って手を挙げる」タイプだった。しかし、理論で納得させたらそれで終わりとし、若手がのびのび振舞えるフランス方式のよさを実感。後輩指導に生かしつつある。

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