シェフと60分:「ル・ヴァン・ド・ヴェール」シェフ木村裕二氏

2000.05.15 204号 12面

高級住宅地の国立で、一八年の歴史をもつフランス料理の老舗「ル・ヴァン・ド・ヴェール」。その七代目シェフに抜擢されて一年余。集客数を各月前年度に比べ一〇〇~一五〇人以上増やし(店内三二席)、いわゆる「ニッパチ」の2月は数年来最高の来客数をマーク、3月も昼夜満席御礼で続いた。客層は四〇代をコアに若い層が増え、リピート率をぐいぐい上げている。

「それは店長やソムリエ、フロアおよび厨房スタッフ、皆の力があったからですよ」

三二歳になったばかりの木村シェフは、気負うことなくニコニコと語る。連れてきた二番手とパティシェほか厨房スタッフ総勢五人はすべて入れ替わった。料理の内容、完成度もさることながら、「スピードと力強さが加わった」とフロアスタッフの評判もすこぶるいい。

「シェフは合間をみて厨房から出てきてお客様にあいさつしたり、お見送りをしています。店の雰囲気もがらりと変わりましたね」とは店長の弁。

「僕は人と話をするのが好きなんですよ。お客様からいろんな声も聞けますし、外国から帰ってこられたお客様とは向こうの話で盛りあがることも」

自身、八九年からフランスのパリで修業四年、九七年には「フランス料理の原点であるトスカーナ地方を見たくて」イタリアに八ヵ月間滞在した。

イタリアに行ったことで改めて「イタリアンもいい。でも自分は手間をかけるフランス料理が好きだ」と納得。この経験は、月ごとに替えるコース料理(三八〇〇円から一万二〇〇〇円の五コース。いずれもプリフィクススタイル)に生かされることになる。

例えば前菜のひとつに、イタリア・パルマ産の生ハムを使う。イタリアンならパパイアなどのフルーツを添えれば完成だが、フレンチならではの「より商品価値が出る手の加え方」を考えていく。4月のメニューではクレソンサラダ、フォアグラを練り合わせたパントースト、リンゴのピューレを盛り合わせて、目にもさわやかなひと皿でお客を楽しませた。

「斬新な料理という言い方がありますが、これには疑問を感じますね。フランス料理の手法はほとんどが昔からあり、基本として完成している。だからクラシックを大事にしたいし、そこから自分なりの大胆さ、新しいものを求めていきたい」

そう話す木村シェフの料理は通常の三倍の手間をかけて作るフォンがベース。「手抜きはできない」性格ゆえ、仕入れ内容の見直しや業者同士の競争もさせた。「品物に納得いかなければすぐに電話する」攻めの体制を敷き、「とにかくおいしいもの、値段以上のものをお客様に食べて欲しい」の一心で料理に勝負をかける。

「通常よりは敷居の高いフレンチに気合を入れていらして下さるお客様に、こちらも気合でこたえていきたいですから。ただ少し欲張りすぎてしまう面もあるんですが」

昨年12月にはシギやアオクビなどジビエを一八種類取りそろえ、週替わりで三アイテムずつ提供した。お客には好評だったが「僕はともかく、こんな意気込みについてきてくれるスタッフは大変だと思います」

ところがスタッフから文句が出るどころか、皆和気あいあいで仕事にあたる毎日。客の出足が遅い日など「食材がかわいそうだ」と若いスタッフが来客を祈ったりするらしい。

「暇だと僕の機嫌が悪くなりますからね(笑)。いま一番下が一九歳ですが、本番の盛りつけなどもやらせている。若い人に一日を無駄にしてほしくないからです。その分、彼にはたまった皿洗いも待っていますが」

楽しく働く一方、厳しく叱責することもある。仕込みが時間どおりに終わらないときなどだ。「サービスは戦争。スケジュール管理は一日の“戦い”のカギを握りますから」

「料理はテクニックではなく気持ちだ‐‐」という木村シェフの料理は、ベーシックなコクとキレのなかに、旬のはなやかさと情熱が立ちのぼる。新しい時代に名を挙げる、注目の若手シェフのひとりといえるだろう。

ところで、いい経験を重ねるほどうまくなるのが料理と恋愛だ。木村シェフの場合はどうやら後者についても、国境を超えて切磋琢磨してきたらしいこともつけ加えておく。

◆プロフィル

一九六八年熊本県生まれ。まだ豊かな自然が残っていたころ、祖父がスズメやカニなどを採ってきては料理の腕をふるってくれた。これが料理人をめざす原点となる。高校卒業後、東京全日空ホテル入社。そこで「いい先輩に恵まれ」、本場フランスでの修業を決心。二一歳で渡仏し四年間修業、帰国後、ホテルマロウド箱根、宇都宮東部ホテルを経て、九五年、ホテルインターコンチネンタル東京ベイ入社。途中、イタリアでの修業をはさみ一昨年まで在籍、現在に至る。

野球少年だったこともあって、「負けられません勝つまでは」をモットーにする親分肌のO型。独身。

文   浜田京子

カメラ 岡安秀一

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