めざすは一流MISS料理人:なだ万雅殿横浜店・阿部直子さん

2000.11.20 216号 13面

女性料理人なら一度は通る結婚への迷い道。仕事を取るか結婚を取るか。

日本料理の老舗、なだ万の厨房に入って五年。直子さんにもその転機が昨年末訪れた。

二三歳。同級生の女の子たちは結婚ラッシュ。彼女たちの幸せそうな姿に刺激されて、「結婚願望に取りつかれた」という直子さんは、交際中の彼と結婚しようと決心した。仕事も辞めるつもりだった。

「とりあえず一緒に住んで資金をためてから結婚して、子育てが一段落したら、また復帰すればいいと軽く考えていました」

それを本田料理長に打ち明けたところ猛反対される。

「漫然と結婚して、万一失敗したら、次からは憶病になって、せっかくチャンスが来てもそれに挑戦できなくなる。周りに流されるのではなく、自分の人生の目標を持て」としかられた。

それで目が覚めた。

男性ばかりの和食の世界に飛び込み、女性として肉体的にも精神的にもハンデを感じることは多かった。

入社したてのころは、あまりにも自分と違う生活を満喫しているOLたちをうらやましく思った。慣れてくると、同じ仕事でも同期の男性は頼まれるのに、自分にはこないことが悔しくて悩んだ。

「いままでやってこられたのは、同期の女の子とケンカもしたけど励まし合ってきたから」

しかし料理長に叱咤(しった)激励されて、「あの時、雰囲気に流されて結婚しなくて良かった」と振り返る。つらいことがあっても、「続けてさえいれば、辞めたいと思った時以上に、辞めなくて良かったと思える時が必ずくる」といまは思えるようになった。

女性ゆえの悩みを乗り越えた直子さんは女の子のカラを脱皮し、本物の料理人の道を歩み出したようだ。

今年に入って、責任の重い「焼き方」を任されるようになった。

「おいしそうな焦げやテリを付けようとすると、魚の身が硬くなってしまうんです。この前も失敗して怒られたばかり。緊張の連続です」と身を引き締める。

次は「わき板」だ。ここで基礎を学べば、造りをひくことができる。その時のために少しでも学んでおこうと、焼き場の合間をぬって板場の補助にも入り、腕を磨いている。

料理長も「造りがひける初の女性料理人になれる可能性は大きい」と太鼓判を押す。なだ万の板場で、直子さんの華麗な包丁さばきを見られるのは、もうすぐかも知れない。

●料理人を目指す女性の後輩へ

女性と男性では美的感覚が違うと思うんです。この世界は女性が少なくて不利なこともありますが、女性特有のセンスを生かしてみんなも頑張ってほしい。あとはやはり、辞めずに続けることですね。

●シェフから一言 なだ万雅殿横浜店料理長 本田政実さん

和食にはまだいない女性料理長を育ててみたい。彼女は五年頑張った。あと五年頑張っても三〇歳だからそれから結婚しても遅くないし、出産後の職場復帰もできるだろう。大事なのは二〇代後半だ。これまでは仕事を覚えることで精いっぱいだったと思うが、精神的に成長してくれば料理に対する姿勢や考え方も変わってくる。それを大事にしてほしい。

●プロフィル

◆あべ・なおこ=一九七六年神奈川県生まれ。門限7時というしつけの厳しい家庭に育ち、小学校高学年から母親の言いつけで週二回、食事当番をしていた。そのせいもあって料理好きに。高校卒業後、東京誠心調理師学校へ。和食を選んだのは「盛りつけの美しさに引かれて」。将来は小料理屋を開くのが夢という。現在は親元を離れ一人暮らし。先日実家に帰ると、日ごろは無関心な父親から珍しく晩酌に誘われた。「でも父は懐石料理が苦手で、誘っても店に来てくれたことがないんです」。

◆「なだ万雅殿横浜店」=神奈川県横浜市みなとみらい一‐一‐一、ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル4F、045・223・3344

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