シェフと60分:「フランクリン・アベニュー」オーナーシェフ・松本幸三氏

2000.12.04 217号 13面

日本のグルメバーガーの草分け的存在だ。五反田の店はオープンして一〇周年を迎えた。

「当初はお客さんが一日一〇人足らず。三年間は赤字続きで、財布に一万円札が入っていたことはなかった」と述懐する。

うそのような話だが、オープンしてまもなく、一人でやってきた格幅のいい年輩の外国人がいた。ハンバーガーを頼んで野菜もパンもいらない。肉だけレアで持って来いと注文した。

「その時、この外国人が全部平らげたら、三年は赤字でも絶対コンセプトを変えないでやっていこうって賭けたのね」

謎の紳士は皿を空にし、帰りがけに「いまは大変だと思うが、ガンバレよ」と去って行ったという。

松本氏がこれほどまでに心酔したグルメバーガーのルーツは、店名にもなっている「7025番地フランクリンアベニュー」にある。

米国に滞在していたときのホテルの番地で、そこの常連たちがバーベキューパーティーでふるまってくれたハンバーガーを「世界一おいしい」と思った。

この本物のハンバーガーを日本に伝えたいと一念発起するが、食には文化がつきものだ。ホテルには家族ぐるみでお世話になっていたちょっと頑固な英国人夫婦がいて、「こんな人たちがもし米国でハンバーガーレストランを開いたら」というコンセプトで店をつくろうと思いつく。

いま店でバーガーにナイフとフォークが付いてくるのは、英国式を意識しているからだ。米国と英国を融合させたコンセプトは、いわば松本流文化。

「私の食文化なんて大げさなもんではなくて、人の役にたって楽しんでもらえればいい。ナイフ、フォークだって初めて来た人はびっくりして固まっちゃう。そうしたことが平和で楽しい」(笑)

五年過ぎたころから、ようやく給料が取れるようになった。いつもランチに来る米国人記者が、「この店がはやらないのはおかしい」と記事を書いてくれて、外国人客が増え、日本人を連れてきた。

「お客さんが来ない間に何を考えたかというと、どうやったら売れるかじゃない。料理の基本を徹底的に見直して、何のためにこの店をやっているかという哲学と、レストランの原点、それをどう表現していくかということをずっと考えていた」

ハンバーガーの値段はいまと変わらず一皿八五〇円(ランチ)。それでも食材コストを落とそうなどとは思わなかったから、税引き後利益は六%しかない。

「必要以上にコストはかけないというのが一般的な経営者。でもそれではレストラン業をやる意味は何なのか。コストがかかったら高く売る、安かったらもうけた。それがプロの腕だというが、私から言わせれば間違っている。飲食店に携わるものとして、お客さんにより良いものを提供する義務がある」

客も増え、経営も楽になったが、上がった収益は食材のレベルアップのために使う。「素材へのこだわりは成熟し、どんどん進化していく」

たとえば玉ネギを甘みの強い産直ものに切り替えれば、今度は肉もそれに負けないよう、オーストラリアの放牧牛の赤身を使うという具合。

利益を追求する商売なら、はじめから人通りのない住宅街ではなく、駅前に店を開く。でもそこには自然がない。あえて不便なこの地を選んだのは、あのハンバーガーを食べたときのカリフォルニアの抜けるような青空とさわやかな風を、店にも吹き込みたいという思いがあったからだ。

だから、「中庭でワイン一本開けて三、四時間もおしゃべりしている女性客がいると、ほかのお客さんは待っているけど、私はうれしくてしょうがない」と松本氏は言う。

レストランで食事をするのは当たり前だが、くつろいで元気になってもらって、また戻ってきてほしい。

店内のオープンキッチンは、中庭が見通せる絶好の場所にある。そこで松本氏は目を細めて、何時間も粘る客たちを眺めているのだ。

米国にいたころ、家族連れで入ったレストランでこんなことがあった。

注文が終わるとウエートレスが何か尋ねてきたが、言葉がよく分からない。でも何度も根気よく彼女は言葉を繰り返す。「チップ制だから、ひとつのテーブルにかかわっていたら効率が悪いはずなのに。あとで料理が来て、子どものメニューを先に運ぼうと言っていたのだと分かった」

家族が最善の食卓を囲めるよう配慮してくれた米国のホスピタリティーに感動した。レストラン業の原点を見た思いで、「スタッフにも一番分かってほしいのは思いやりのサービス」という。

「いまの消費者は、オーナーの生き方、店の表現方法に注目して店を判断するようになっている。われわれのレストランが成り立っているのは世の中から必要とされているから。うまいからと威張っている店はたくさんあるが、そんなことは当たり前」

高級バーガーが売りたいのではない。「世界一おいしいバーガーが食べられる平和で心豊かな食卓」という理想郷を追求し、それを表現しようとしているのが松本流文化なのだろう。

文  加藤さちこ

カメラ 岡安秀一

●私の愛用食材 愛媛の玉ネギ

ハンバーガーの具として重要なポイントは歯ごたえ。最近、出入りの業者に玉ネギだけ専門に作っている生産者を紹介してもらった。この玉ネギはシャキシャキ感があって、甘みも強い。玉ネギが苦手な子どもでも平気で食べている。トマトや玉ネギは肉のコレステロールを下げる働きがある。うちではサッと水洗いしてから使っている。

●プロフィル

一九四七年9月東京・品川生まれ。二〇歳のころ音楽事務所に所属し、ハードロックのグループでドラマーとして活躍。レコードを四枚出した。

結婚後、レストラン業を営むが、一九八〇~八五年知人の紹介で米国に渡り、中華レストランの企画・運営の仕事に携わる。

一九八五年帰国。広尾の「ホームワークス」の立ち上げにかかわったが、九〇年に独立した。

現在店舗は、五反田の島津山店のほか、西麻布店がある。

昨年、三〇年ぶりに音楽活動を再開、ジャズバンドを組み公演活動にも意欲的に取り組んでいる。

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