シェフと60分 クレッセント総料理長・藤井 栄司氏 仏料理に責任と自負
「料理人は美術や音楽を理解できる教養を身につけ、幅の広い人間にならなければいけない。美しいものを見たり、聴いたりすることが料理の質を高めることにつながる」。フランスレストラン「クレッセント」の総料理長・藤井栄司さんの考え方だ。
同店は料理の味だけでなく、食器、調度品、内装に至るトータルコーディネートをしてある格式の高さでつとに名が通っているうえに、西洋古美術のギャラリーとしても有名。そもそも一九四七年に古美術商として店開きしたのが発祥。後期ヴィクトリア朝風に造られた五階建てレンガ造りの洋館の中に、西洋、中近東、地中海域の古美術を展示したギャラリー「三日月」があり、「クレッセント」の料理の格調をいやがうえにも高めている。恵まれた環境の中で仕事をしてきた藤井さんならではの料理観だ。
《あくまでも本物追求》 “本物”にこだわる。食材のキャビア、フォアグラ、鴨、さらに酒類は原産地の一級品を手当て、加工品はソースも含めて一切使わない。伝統の味を守り続ける責任と自負がある。「材料から食器に至るまで本物を使わせてもらって幸せだ」と実直に語る。
しかし、伝来の味をかたくなに守っているだけではない。「最近は素材が非常によくなっているので、できるだけ素材の味を活かすように工夫、ソースの味を薄くしている」と言う。重いソースにすると素材の味を殺してしまうからだ。だから、コーンスターチは使わないようにしている。
《時代に合う味も探る》 客層は政財界の著名人が多く、藤井さんの料理の味と人柄に魅せられたファンも多い。「ある高名な方の箱根の別荘までハイヤー二台を連ねて出張料理に出向いたこともある」。料理人冥利に尽きる。店も藤井さんも相剰してステータスは高くなるばかりだ。結婚式の宴では料理人はメーンテーブルにはつかないものだったが「ある結婚披露宴に招待され、河野洋平代議士の隣に席を置かれ、先生の次に祝辞を述べさせられました」と照れる。料理人のステータスを高める一翼を担っている。
総料理長になって三年目を迎え「先代の総料理長から受け継いだ料理を守りながら、時代に合うように少しずつ変えていきたい」と抱負をもつ。「しかし、伝統があり固定したお客さんが多いので、全部の料理を変えるわけにはいかない」という。
また、後継者を育てることも大事な任務。「この店に二〇年、二五年も勤めるベテランの料理人があとに控えているから、だいじょうぶ」とその点は心配していない。「ただ今の若い人たちは豊か過ぎるためか、どん欲に仕事を覚えようとしないようだ。自分が勉強したころは専門の書物が少なかったので、原書を探し回っては必死に読破した」と経験を語る一方で、ふだんから「美意識を高めることが料理をも豊かにする」ことを説いているという。
プロフィル
一九三五年、新潟県生まれ。高校卒業後、レストランパリに入社しフランス料理の世界に踏み出す。その後、山中湖畔の冨士ニューグランドホテル、名古屋のレストランコックドールで修業、一九七七年にクレッセント先代総料理長・川瀬勝博氏に招かれ入社。フランス料理の神髄を究めながら時代に対応した味に工夫を凝らす。