定番メニューのルーツ探訪:ミートクロケット「資生堂パーラー」
昭和初期、コロッケというと、小判型の芋コロッケが主流だった。三個一〇銭、流行歌にもなった「庶民の味」。しかし、高級レストラン「資生堂パーラー」で生まれたコロッケは違った。ジャガ芋もひき肉も使わない、とろりとなめらかな口当たり。高級感ある美しい色彩。今のクリームコロッケの日本で広めるもととなったともいえる「ミートクロケット」について、資生堂パーラーの澤口稔シェフに聞いた。
資生堂パーラーは、明治35年、日本で初めてのソーダ水やアイスクリームを製造販売する「ソーダファウンテン」として誕生した。本物志向をポリシーに、機械一式だけでなく、グラス・ストロー・スプーン・シロップにいたるまでアメリカから直輸入。ソーダ水一杯で、化粧水一本景品につくということで、新橋の芸者さんもごひいきの銀座の一大名物店となった。
昭和3年に資生堂パーラーは、本格的な西洋料理を提供しはじめた。開店当時は飯田清三郎シェフ、高石鍈之助次長(後の三代目シェフ)のほか、コック一〇人、ボーイ一五人の合わせて二七人。
その三年後、昭和6年にミートクロケットが、秋のアラカルトメニューとして登場するが、ことの起こりは、大正10年。皇太子渡欧歓送午餐会で東洋軒が出したフォアグラの超豪華クロケットに、高石さんが強い感銘を受けてから。それは後に、資生堂パーラーのミートクロケットを生んだ。フォアグラなんて豪華食材を使わない、芋コロッケとも違う、フランス料理店にぴったりの高級コロッケだ。
同店のミートクロケットには、高石さんの美意識がいたるところにうかがわれる。ひき肉を用いず、仔牛肉を使ったのもその一つ。一般的にコロッケに使われるひき肉だと、あの黒い粒がルーの美しさを損うと、高石さんは嫌ったという。
しかし仔牛肉は、脂肪分が少なく淡泊な味。そこでハムを加えて、二つの食感の違いを楽しめるようにした。ワインのコルクを模した形は、小判型の芋コロッケと一線を画すため。
トマトソースは、フレッシュなトマトの酸味でクロケットの濃厚なルーとのバランスがぴったり。一切のつけ合わせを排除し、パリッと揚げたパセリとの色のバランスが美しい。
ミートクロケットづくりの難しさは、仔牛肉の安定仕入れにある。「国産肉では、赤身が残ったり、乳臭みなどがあるので、アメリカ産の食肉用仔牛を使っています」と澤口料理長。
ミートクロケットでは、前足などの枝肉を使うが、肉屋さんでは、他の部位の供給もないと仕入れにくいという。「そのため、資生堂パーラーでは一頭仕入れ、仔牛カツや、ソテーで他の部位の調理法を考えます」と、ミートクロケットへの思い入れは強い。
「長年、安定したご注文をお受けしています。そんなお客様の気持ちを大切に、今後もこのスタイルを大切に守っていきたいですね」と澤口シェフはにっこりほほ笑んだ。
◇私の愛用食材
ミートクロケットになくてはならない食材が、ミクニハム関本商会の「ボンレスハム」だ。ロースほど軟らかくなく、歯ごたえあるもも肉を使っている。しっかりした味と脂身の少なさ。「一時他のハムも使いましたが、やっぱりミクニハムが一番」と、一〇年以上も使った信頼から澤口料理長は太鼓判を押す。
◆(株)ミクニハム関本商会=東京都台東区西浅草三‐四‐八、03・3841・0392
◆「資生堂パーラー銀座四丁目店」=東京都中央区銀座四‐五‐一、教文館ビル地下一階、03・3562・6301/営業時間=午前11時30分~午後10時、毎月第一月曜日定休(1月、12月を除く)※定休日が休日の場合は翌火曜日が休業日