進化する韓国料理 健康・ヘルシー求めてイメージ一新
韓国料理イコール焼き肉とされてきた外食市場だが、ここ一〇年でそのイメージは完全に払拭した。韓国家庭(伝統)料理を提供する店が年々増加し、韓国料理は肉と野菜のバランス良い健康食、としての認識を新たにしている。また、焼き肉店、韓国料理店という旧態の業種枠を越え、韓国居酒屋、炭火焼き肉、ビビンバや冷麺のファストフードが登場するなど、コンセプト主導による業態特化の波も押し寄せている。百花繚乱の韓国料理、外食市場の変遷を紐解き、現状と背景を追った。
韓国料理ブームで脚光を浴びる東京・新宿区大久保の職安通り周辺は、ここ数年ですっかり様変わりした。地下鉄大江戸線の開業でアクセスしやすくなり、韓国家庭料理店の新店が次々とオープンした。五~六年前は一〇店舗ぐらいだったのが、いまや一〇〇店以上の韓国家庭料理店がひしめく。予約満席で客が道にあふれ出している「ハレルヤ」や「松屋」のような超人気店が出現し、客層も若い。暗い怪しげなイメージの街から気軽に食事に行ける“明るいコリアタウン”に変貌しつつある。
赤坂や麻布十番も韓国料理のスポットとして注目を集め、渋かった上野の昭和通り裏のコリアタウンも、いまや焼き肉店ばかりではない。
ギャルたちの動向を左右する雑誌『Hanako』の特集で韓国料理の扱いをたどってみると、五四八号(一九九九年7月)特集:「おいしいものに国境なし! 気楽に食べられるのがいい、エスニック料理」では、タイなどの東南アジア系エスニック料理店が一〇〇軒ほど紹介された中で、韓国系は一割ほど。五七九号(二〇〇〇年3月)特集:「オンナ同士でも行ける、あの鹿浜『スタミナ苑』に負けない味の焼肉屋ガイド」では一気に増えて約九〇軒を紹介(職安通り近辺の韓国家庭料理の店も含まれている)。
地域別の特集号(新宿、赤坂、吉祥寺など)でも、韓国家庭料理の店は必ず取り上げられるようになっている。
もう少し大人向けの『Dancyu』では、「情熱の焼き肉」(一九九四)や「焼き肉の闘魂」(一九九八)といった“ギラギラマッチョ系”の焼き肉店紹介特集から、「元気もりもり韓国料理」(二〇〇〇)や「骨太韓国料理」(二〇〇一)と、編集方針が“体にいい韓国料理”にシフトしている。
『TokyoWalker』『Mutts』『クロワッサン』『HotDog Press』といった情報誌でもアジア、エスニック、大久保といった特集が数多く組まれ、韓国家庭料理の店や人気店が紹介されている。
韓国ブームの背景としては、Kポップ(韓国のポップミュージック)や韓国映画の流入、インターネットの高普及率などで、韓国文化は格好良いとする認識が若い世代に浸透し、心理的な障壁もなくなっていること。そして重要な健康志向があげられる。
たとえば、唐辛子のカプサイシン成分に体脂肪を燃やすダイエット効果がある、キムチには乳酸菌が多い上に抗癌効果がある、ニンニクは血液サラサラ&抗癌効果がある、韓国料理は実は野菜が多くてヘルシー、朝鮮人参は薬効がありそう、などといった食べるための理由付けだ。
なんにしても安くて、たくさん食べられて、体によくて、気が張らないとなれば、だれにとっても言うことなし。しかも痩身&美白のお手本のような韓国女性という生きた証拠を目の前にして、日本のHanako族ならずとも引きつけられないわけがない。
今のところ韓国料理ブームを応援する材料には事欠かない。
二〇〇二年ワールドカップに向けてさらに加速されるであろう韓国ブーム。韓国家庭料理も一層身近になり、メニューも広がっていくだろう。これからはやりそうなものは以下の通りだ。
(1)韓国式海鮮=一匹分の生き造りの刺身を中心にテーブルいっぱいに何十という皿がならぶパフォーマンス性と、五~六人でも腹がいっぱいにできるコストパフォーマンス。
(2)屋台料理=手軽な価格で食べられる、韓国式海苔巻きや、日本の焼酎ブームともマッチしそうなスンデ(韓国式腸詰め)、トッポキ(モチ炒め)といった屋台料理。
(3)チゲ(鍋物)=さらにいろいろな種類が紹介されていくだろう。コラーゲン系や薬膳系が人気がでそう。
(4)ご飯物=変わらない人気の石焼きビビンバに加え、韓国ではやっている石釜で炊きあげる釜飯系のいろいろなバージョンも期待できそう。
(5)焼き肉系=豚系(テジカルビ、サムギョプシル、とんとろなど)が値段の手ごろさと目新しさで人気がでそう。
◆最近のトピックス
最近のトピックスを簡単にまとめてみると以下の通りだ。
一九九七年=ウォン暴落。石焼きビビンバブーム。激辛ブーム。
一九九九年=キムチがタクアンを抜いて漬物消費量一位に。唐辛子入りドリンクが各社から発売される。韓国への旅行者数、ハワイを抜いて一位に(二〇〇万人以上)。なかでも買い物、韓国エステ、韓国料理を目的とした若い女性旅行者が激増。料理ではカムジャタンがブームに。大久保の職安通りが人気スポットになる。
二〇〇〇年=韓国映画「シェリ」日本公開。韓国発のファッション「東大門市場」渋谷PARCOクアトロにオープン。料理ではダッカルビがブームに。
二〇〇一年=韓国式海鮮、豚系焼き肉がブームに。
二〇〇二年=ワールドカップ共同開催。
◆女性客が支持する「無煙ロースター」 台頭する韓国料理
戦後の経済成長期、外食市場の韓国料理は在日韓国人経営の焼き肉店がリードしてきた。当初、高級メニューの代名詞だったステーキに着目。高級イメージの牛肉を日本人嗜好に提供することで人気を獲得し、高単価の焼き肉市場を築いたといわれる。
カルビ、ロース、ホルモン、アルコールが売上げの9割を占める肉主体のメニュー構成が一般的で、業態としては、高級、中級、大衆という価格帯分けからはじまった。食材流通は、上野、三河島、川崎、鶴橋、下関の5ヵ所を中心とする特殊ルートで、新規参入は困難を極めたという。客層は、有煙店舗が多かったため男性客が大半を占めた。
単品ラインのメニュー構成、客自身が焼いて食べるセルフサービス、肉を切って出すだけの調理オペレーション、いずれも手間いらずで「焼き肉さえ売れれば韓国料理は必要ない」というのが店側の本音で、客もそれ以上を望まなかった。韓国料理の一部である焼き肉が“韓国料理そのもの”にすり替わったゆえんである。
この「焼き肉店イコール韓国料理」の一般認識が、1990年以降、複数要因が同時に重なって一変した。
ソウルオリンピックで韓国文化がメディアで多数紹介されて以来、旅行者が急増。野菜主体の韓国料理が一般に認知されるとともに、健康食としてもクローズアップされはじめたのである。
同時期、牛肉の輸入規制緩和と無煙ロースターの普及が焼き肉市場の大変革に火をつけた。牛肉の価格下落で日本人経営者の焼き肉店参入が相次ぎ、無煙効果で女性客も急増。洋食やファミリーレストランに飽きた団塊ジュニアの“箸文化回帰”も追い風となり、市場は一気に拡大したのである。
この間を縫って、増え続ける韓国旅行の経験者が、疑似体験(本物)を求めて数少ない韓国家庭料理店に殺到。人気に応じて1995年以降、東京・新宿の職安通り近辺には100店舗以上の韓国家庭料理店が新規オープン。旧式の焼き肉店にも「焼き肉だけでは成り立たない」という危機感が生まれ、コンセプトやメニュー構成、価格帯が刷新された。
この韓国家庭料理と焼き肉市場の大変革が相まって、現在の韓国ブームを巻き起こしたのである。
韓国家庭料理が台頭し、焼き肉イコール韓国料理のイメージは色あせた。そして、焼き肉市場の大変革と消費拡大は、業態コンセプト(提供方法)の多様化をもたらした。
「叙々苑」など会席向けの高級チェーン、「安楽亭」「焼き肉屋さかい」などファミリー向けの低価格チェーン、「牛角」など商業立地の居酒屋風チェーン、「TORAJI」「ホルモン市場」などファッション志向の臓物系チェーン。これらが焼き肉のニュージャンルを切り開き、日本独自の焼き肉文化を構築する牽引役となっている。
こうした外食市場の韓国料理ブームは石焼きビビンバ、チヂミ、チゲ鍋、韓国海苔などの露出度を飛躍的に高め市販市場における新製品開発にも大きく寄与している。
メディアの先導とワールドカップに向けて、しばらく続きそうな韓国家庭料理ブームだが、外食市場は、南北友好のタイミングを視野に、次なる北朝鮮&韓国ブームの到来を狙っている。
◆急成長する韓国の外食市場
日本の外食市場は成熟し停滞期を迎えているが、韓国は成長期のまっただ中だ。日本の外食市場が一気に拡大した昭和50年代と同じ境遇にある。(別表参照)
飲食店の総店舗数は一〇年前に比べて倍増している。一九九七年の通貨危機の翌年には大量リストラがあり、外食市場が雇用の受け皿の役割を果たした。チェーン店よりも生業店(個人店)の方が圧倒的に多く、今後、外食チェーン企業の急成長が見込まれる。
業種業態の確立は乏しい。韓国料理の外食市場は現在五業種に分けられる。韓式(韓国料理)、洋式(洋食)、中式(中国料理)、和式(日本料理)、その他(粉食、居酒屋など)である。
今後は、ダッカルビ専門店、石焼ビビンバ専門店、冷麺専門店など、韓国料理の専門分野に特化した業種業態の枠組み作りが進むと見られる。
◆韓国家庭料理店の基礎メニュー
(1)カムジャタン(ガムジャタン)=ジャガ芋の鍋の意味。ごろごろと入った豚の背骨にこびりついた肉をせせって食べる。豚骨だし、唐辛子、ニンニク味の鍋物。最後にご飯をいれてチャーハンに。
(2)ダッカルビ(タッカルビ)=ダは鶏。鶏のブツ切りを野菜やキムチ、もちと一緒に、コチジャンベースの味噌で専用のパエリヤ鍋のような鍋で炒める。最後にご飯あるいは麺を投入。値段が安いので韓国の学生街で人気。日本では二〇〇〇年ぐらいからチェーン店もでき流行中。
(3)韓国式刺身(専門店のみ)=ヒラメ、タイなどの白身の魚が主。刺身に生ニンニク、生唐辛子、コチジャンなどをのせサンチュやエゴマの葉などで包んで食べる。一匹単位で一万円前後になるが、一〇~二〇品ほどの副菜が付いてくる(三~四人前)。最後に鍋物にすることが多い。セゴシ:ハモのように骨切りした韓国風刺身。
(4)スンドゥブチゲ=豆腐の鍋。アサリのだしに豆腐、豚肉、玉ネギなどの入った鍋物。唐辛子味。韓国式の軟らかい豆腐(寄せ豆腐に近い)が本式だが、絹ごし豆腐で代用されることが多い。アメリカでも専門店が流行。
(5)テジカルビ(デジカルビ)=薬念(ヤンニョム=たれ)で下味をつけた豚のカルビ。焼き肉のアイテム。牛より安いのも人気の庶民の焼き肉。
(6)サムギョプサル(サムギョプシル)=豚の三枚肉を味付けしないで、ジンギスカン鍋状の中高の鍋でニンニクと一緒に表面がカリカリになるまで油を落として焼き、サンチュなどで包み塩入りごま油で食べる。さっぱりした香ばしさで人気。
(7)スンデ=韓国式腸詰め。屋台料理。ブタの血、もち米、春雨などを入れてある。塩(唐辛子、コショウなどとミックスしたもの)で食べる。ゆでたモツと一緒に供されることが多い。
(8)チヂミあるいはパジョン=韓国式お好み焼き。海鮮チヂミや、豚チヂミ、キムチチヂミなど。酢醤油で食べる。パジョンは特にネギ(ワケギ)を主体にしたお好み焼き。
(9)ポサム=「包む」の意味。ゆでた白菜で、ゆで(蒸し)ブタ、キムチ、ニンニクなど包み食べる。
(10)マッコリ=韓国風どぶろく。もち米が原料のにごり酒。韓国からの輸入品が主。アルコール度数は7~9度と低く飲みやすい。ニンニクのにおい消し効果もあり。
○注目の韓国料理店リスト
◆「ハレルヤ」(東京都新宿区百人町1-5-6、白荻ビル1F、電話03-3200-0112、http://plaza10.mbn.or.jp/~hareruya/)=マスコミ取材の多い職安通りの老舗。家庭料理を洗練された味で。チゲ類が人気。2001年隣に予約客のみの支店を出す。
◆「東海魚市場」(東京都新宿区大久保1-12-29、森田ビル1F、電話03-5292-4377)=2000年に職安通りにオープンした韓国式海鮮の専門店。2001年夏、歌舞伎町に2号店を出す。
◆「春川ダッカルビ」(西新宿店=東京都新宿区西新宿6-5-1、新宿アイランドタワーB1F電話03-5323-4348、チェーン全体のHP:http://www.Dakkarubi.com/)=ダッカルビ専門のチェーン店。大阪を中心に16店舗を展開。1人前1200円の安さで人気。
◆「妻房家」(東京都新宿区四谷3-10-25、電話03-3354-0100)=四谷の人気店。女主人は韓国料理の著作もありマスコミ露出度が高い。1Fは物販とキムチの製造工程を紹介するキムチ博物館。自由が丘、川口にも支店。数デパートにもコーナーを持つ。
◆「梁(ヤン)の家」(東京都新宿区百人町1-10-5、電話03-5332-9220、HP:http://www6.ocn.ne.jp/~yang/)=大久保の人気店。家庭料理の人気店。インターネットの口コミで評判が広がり、2000年、歌舞伎町の雑居ビルから大久保の路面店に進出。
◆「南漢亭」(東京都杉並区荻窪4-20-15、電話03-3393-3044)
=荻窪の老舗。宮廷料理の流れをくむ上品な高級家庭料理。40年近く韓国料理を教え、著作もある有名女性主人の店。
◆「一瓢亭」(東京都杉並区西荻北3-4-10、電話03-3397-9900)=西荻窪の韓国家庭料理の老舗。石焼きビビンバやプルコギが人気。2000年、吉祥寺に支店をオープン。
◆「古家庵」(東京都港区赤坂3-20-8、臨水ビルB1、電話03-5570-2228)=赤坂の韓国家庭料理の店。アンティークをいかしたシックな内装。人気メニューは石焼きビビンバ、鍋物など。女性誌に多く登場。
◆「松屋」(東京都新宿区大久保1-1-17、電話03-3200-5733)=大久保の人気店、マスコミにも多く登場。古いアパートを改装した趣のある民芸風の店内。カムジャタン人気に火をつけた店。
◆「鳳仙花」(東京都港区麻布十番2-21-12、麻布コート1F、電話03-3452-0365)=麻布十番の老舗。石鍋で煮込んだホルモン鍋が人気。2号店もあり。
◆「グレイス」(東京都港区麻布十番1-7-2、エスポワール麻布1F、電話03-3475-6972)=蔘鶏湯(サムゲタン)の専門店。赤坂にも支店あり。鶏丸1羽を朝鮮人参やナツメと一緒に煮込んだサムゲタンは、夏バテや美容にも薬膳効果ありと人気。
◆「コリア・スンデ家」(東京都新宿区百人町1-3-3、サンライズ新宿A1階、電話03-5273-8389)=大久保のディープな人気店。スンデ(腸詰め)と王豚足やチゲ類が人気。