シェフと60分:ハウステンボスホテルズ総料理長・上柿元勝氏
「失敗・反省の毎日です」という謙虚さと、「できないという言葉は神様しか使ってはならない」という前向きさを併せ持つ料理人・上柿元勝氏。情熱的で、バイタリティーあふれる人である。
ハウステンボス内の五つのホテルを統括するというのは、並大抵のことではない。分刻みのスケジュールに追われ、想像を超えた忙しさだ。しかし、その中で実際に足を運んで食材を選ぶのはもちろん、時間を見つけては勉強をしている。勉強というのは「先日、師匠の故アラン・シャペルの店へ行ったり、ホテル・ブリストルという今はやっているところに行ったり、ゲット・バン・ヘッグというベルギーのブルージュの三ツ星の最高級レストランに行ったりしました」という料理の面だけではない。
好きな音楽を聴き、美術館へ行き、時間があればニューヨーク、ロンドン、パリなどで素晴らしい絵を見る。上柿元氏にとっては、すべてが料理へと通じているのである。
そして、その研ぎ澄まされた感性によって、また新しい料理が一つ誕生する。
ハウステンボスホテルズは九州ではもちろん、日本でもトップクラスのリゾートホテル。「ホテルヨーロッパ」に至っては、世界トップクラスである。この最高級のサービスと料理を提供するために、優秀なスタッフがいることは言うまでもない。
総料理長であると同時に事業部長としてホテル経営全般を統括している上柿元氏は、「五○○人以上の正社員、二○○人のパートがこのホテルで働いています。うちに入るのはとても難しいんです。五○人程の枠しかないのに、一○○○人以上の応募があります」という。その中で「ヤル気」や「明確な将来設計」を持った人を選び、育成していく。
「一番身近な目標は、人を育てること」「企業は人」というだけあって、時間さえあれば社員の面接を行っている。大切なのは、相手の話をよく聞き、しっかりとした目標を持たせることである。
料理人の顔が見えず、ホテルの個性が失われつつある今、時間の許す限り、すべての客にメニューを書き、あいさつし、コミュニケーションを大事にする。そして、それを当然のことと考える。何よりも、この姿勢がスタッフに熱い思いを抱かせるのかもしれない。
客に感動や喜びを与えるためには、客室の素晴らしさに加え、料理が必要不可欠。したがって、素材選びへの思いも生半可ではない。それは「普賢岳の麓に愛野町という町がありますが、ここには私のためにジャガ芋を作ってくれる人がいます」という言葉にも表れている。地元の食材、旬の食材、海のものだったらミネラルの香りのするもの、土の香りのするものを使う。
「地のものを使うだけでなく、旬のものを使います。旬というのは季節の走りという意味ではありません。太陽をいっぱい浴びたナスビとか、カロチンの多いトマトとか、形は悪くても本当に野菜の味がするものを追求します。もちろん、肉も魚も同じです」。このようにして選ばれた食材は、料理人のテクニックや感性によって料理される。
「私たちは、自然界の生き物をつぶして、人間の美食と活力のために料理するわけです。だから食材に失礼がないように料理します。そして常に自然に感謝しています」
この自然への感謝の気持ちから生まれる料理は、確かに人々の心を感動させている。毎年確実に増え続けている結婚式の数が、その証拠だ。初年度ゼロだった結婚式の数は二年前は三五○組、昨年は四八○組。今年の目標は六五○組である。
「結婚式があるたびに、さまざまな新しいメニューを取り入れ、お客様に喜んでもらっています。そしてそのお客様がまた次のお客様を運んできてくれるのです」
「一生修業」という料理人の挑戦は、とどまることを知らない。
文 村上知奈津
カメラ・長岡千奈美
◆プロフィル
一九五〇年鹿児島県生まれ。西洋料理の基礎を学んだ後、七四年単身渡仏。パリ「ル・デュック」のミケンリー氏、リヨン「アラン・シャペル」のアラン・シャペル氏、ヴァランス「ピック」のピック氏など各店の名シェフに師事する。八一年神戸「アラン・シャペル」オープンのため帰国、昭和天皇やモナコ国王の晩餐を担当する。九一年ハウステンボスホテルズの総料理長。現在ハウステンボス(株)取締役、ホテルヨーロッパ総支配人を兼任。ハウステンボスオープン以来、オランダ王子や三笠宮殿下といった内外のVIPの晩餐を担当する。フランス料理アカデミー会員受賞、ほか多数。著書に『フランス料理のスピリッツ』(柴田書店)、『ハウステンボスのおいしい休日』(柴田書店)など。
◆私の愛用食材 サンピエール
今回紹介していただいたのは、天然の海産物の宝庫である長崎ならではの魚。「サンピエール」というフランス名を持つマトウダイ(的鯛)だ。フランスでは高級な魚として食されており、九州では五島沖から東シナ海にかけて漁獲されるものが美味とされている。
身の中央にある大きな的のような模様からこの名前がついているが、地元の佐世保では馬頭鯛とも呼ばれている。
地元の人があまり調理法を知らない魚だけに、生まれるメニューは驚くばかり。例えば「五島産まとう鯛のオリーブ油焼き 平戸産アスパラガス添え」もその一つ。
地元の食材をふんだんに取り入れ、素材のうまみを最高の形で引き出した一品である。
・所在地/長崎県佐世保市ハウステンボス町七‐七
・電話/0956・58・1111