シェフと60分:上海料理「トゥーランドット」赤坂店料理長・池上禎雄氏
■他流試合で師の味を再確認
料理人として何が耐えがたいのかの問いに、「自分の料理は絶対においしいと信じている。それだけに、お客にまずいといわれること」と言下に答える。まさに料理一筋に生きてきた男の負けじ魂を感じさせる答えだ。
料理人として人間として大きな影響を受けたのが、師と仰ぎ慕ってきた脇屋友詞シェフという。「初めて会ったとき、シェフは四つ上の二四歳。言うこと、仕事のやり方、すべてが抜きんでており、日本人コックを束ねる一〇年選手だった」
師の胸を借りながらの料理修業に励むが、三〇歳を機に、師に願い出た言葉は「今まで習ったことは正しかったのか、一度は外に出て自らの身をもって結果を知りたい」と。
師は快く意をくみ、武者修業の旅を許し、開いてくれた道筋は、ホテルグリーンタワー幕張「楼蘭」の料理長。
新天地では、全く異なる部門から赴任した料理長らと丁々発止の日々。
「負けたくない」との思いで、かつて師から学び自らのものとした池上流料理を展開する。
千葉という土地柄は、ハレの日には思い切り派手にふるまう風習がある。料理も大皿で大胆に盛り付けたものが好まれる。
当初、師から受け継ぐ小皿料理では受け入れられなく、周りの料理人も新しいものを取り入れるより守りの姿勢だ。
ところが情勢は大きく変わった。「今でも感謝する」という周富徳氏らが出演するテレビなどの影響で、中華料理への関心が次第に高まり、新しい料理を受け入れる風潮が生まれた。
「他流試合で改めて師の素晴らしさを確認した。どん欲についていった選択は間違いではなかった」との結論を得、再び師の元に帰ることに。
■本質に挑戦安きに流れるな
「何気なく存在するモノに対し、常にどうして、何故と問いかけていく姿勢。これが自らを鍛え上げ、レベルアップにつながる」と言い切る。
修業時代はレシピはなく、料理本もなかった。またコピーが許されるはずもなく、すべて手書きだ。休憩時間など少しでも時間を見つけ出しては、写し書きをした。
「薬膳料理があればとりあえず書き写し、味は後で覚えるのです。一見面倒に見えるが、この方法が覚えるのには最良。コピーではただの紙に終わる」
中国人コックが使う言葉は、上海語や北京語が入り混じり、辞書で調べるうちにいつしか言葉の意味だけでなく、背景にある成り立ち、歴史などを追っていくことに。
また「中国現地の文献は少なく、駐在員の書いた現地報告などをむさぼり読む」修業時代だった。
また彫りものがはやっていたころ、彫る人の手さばきを見て会得する部分もあるが、「あくまでも本質を突いていかなければ理解はできない」が持論だけに、実物を見て特徴をつかもうと動物園に足を運び観察するほど。常に持ち続ける飽くことのない好奇心。これを活力に前進する料理人である。
■違いを主張し基本路線守る
横浜、赤坂、晴海の三店をまとめていかなくてはいけない年齢にきた。
「脇屋総料理長の基本路線は守らなくてはいけない。各店料理長の個性が見失われてもいけない。違いを主張しながら一つの妥協線を出していくのです。ぶつかり合いがあってこそ前進があるのですから」
脇屋シェフの基本路線は、メーンをハッキリ打ち出すこと。極端にいえば、大根一本を出し「今日は大根料理だ」と大胆にアピールする。
またおいしいものを腹いっぱいではなく、もう一品のところで抑える「これからは満腹感から質の訴求の時代」ととらえるからだ。
池上自身、「脇屋の出したカラーは守るべきだが、何回か足を運ぶお客にはお任せメニューで味の冒険をし、個性を出す」方向をとる。
レストラン部門に連動したテークアウトが元気という。デリボックスを容器に、ご飯に具材をのせた中国式かけご飯スタイルだが、人気は高い。
今後一回り大きいランチボックスと別容器のソースをセットにし、客が自らかけて自分色に仕上げるスタイルを考えている。
こうしたアイデアのヒントはデパートの地下にあるという。
「過去にはブランドで売れたきらいがあるが、これからは一ひねり、二ひねりする必要性がある」
そうした意味で過去に蓄積した味の経験ばかりでなく、素材を熟知し、持ち味を生かす勉強の必要性を感じる。食べる人が勉強しているだけに、「料理人はその先をいかなくてはいけない」と自らに言い聞かせる。
文 上田 喜子
カメラ 岡安 秀一
◆プロフィル
一九六〇年千葉市生まれ。両親は鹿児島出身。子供のころから食べることと料理を作ることが好きで母親の後をついて回る。アルバイトで体験した白い制服の着心地の良さが忘れられず、またサラリーマン家庭を離れて料理人の世界に飛び込んでみたい思いから、人を介してヒルトンホテルに入社。ここで師となる脇屋友詞シェフと出会い、師とともに八三年キャピタル東急ホテル、八五年リーセントパークホテル(立川)へ。九〇年初めて師の元を離れホテルグリーンタワー幕張「楼蘭」料理長に。七年後には再び師の元に帰り、オープンしたパンパシフィックホテル横浜「トゥーランドット」副料理長に。翌九八年赤坂店料理長に就任、現在に至る。
◆私の愛用食材 トゥーランドット特製「秘蔵醤」
XO醤は市販品をはじめ多くの中国料理店で独自のものが作られている。
「独特の味の深さ、香り、琥珀(こはく)がかった色あいなど、なんといってもこれに限る」という池上シェフのお気に入りのXO醤。それは師となる脇屋友詞シェフが、香港で修得したノウハウを生かし商品化した特製オリジナルの「秘蔵醤」。
干し貝柱は、通常二〇%のところ六〇%以上含有、ほかに干しエビ、ニンニクもたっぷり使ってあり、コクと香りの豊かさは抜群。
「素材のうまさは、熱々の白いご飯に混ぜ込んで食べてよし。店では炒め物、あえ物など幅広く使っており、メニューレパートリーが広がること請け合い」と自慢の調味料だ。
価格は、びん入り七五g一五〇〇円(税別)。
◆問い合わせ先=トゥーランドット横浜店(電話045・682・0363)、赤坂店(電話03・3568・7190)、晴海店(電話03・5144・8242)
・所在地/東京都港区赤坂1‐12‐32、アーク森ビル2F
・電話/03・3568・7190