シーフード調理学(16)マグロ<2>戦前は「のれん」に傷とすしネタから排除
マグロは、戦前まで高級すしネタとは見なされておりませんでした。
江戸前握りずしの元祖と伝えられる「与兵衛」(一六八四年ごろ、江戸で初めてすし屋を開業したといわれている)では、大正12年(一九二三)の関東大震災で廃業するまで、店の「のれん」に傷がつくといい、マグロだけはネタに使わなかったそうです。
現在、マグロ類は最高級魚にランクされ、特にクロやミナミからのトロ(脂身の部位=脂肪交雑の多い)は、刺身ならば一切れ、すしならば一個が二〇〇〇~三〇〇〇円になることもあります。ただこれは近年のことで、昭和初期まではトロより赤身の方が“上等”とされておりました。
トロが珍重されるようになったのは、米国の影響といってよいでしょう。戦後、米国文化が津波のように押し寄せてきて、日本人の食生活が急速に洋風化いたしました。その結果、脂肪の摂取が急上昇し、それがあらゆる食品に波及したものと思われます。
今日、マグロ類の家庭内消費は、国民一人当たり年間一キログラムと、水産物の中では最も多く消費されております。全国に五万店近くあるすし店や鮮魚店、スーパーマーケットの鮮魚売場にとって、マグロは最も重要な商材といってよいでしょうし、利益を生み出す“ドル箱”でもあります。
マグロの肉は、深紅色の「ヅケ」(赤身)と脂肪の多い「トロ」に大別されます。ヅケは背肉に、トロは腹肉や皮下に多く分布しております。
トロのうち内臓類(ワタ)を包んでいる部分が脂肪分を多量に含んでおり(脂肪交雑が密)、「大トロ」と呼ばれ、握りずしのトップにランクされております。
また、骨の間にある肉を「中おち」と呼び、これまた珍重される部位です。さらに、俗にいう「かま」が胸にあり大トロもとれますが、品質的にはやや劣るとみられております。
マグロのさばき方ですが、基本としては頭と尾を切り落とした後、背骨を中心に両側面を腹と背の四つに分割いたします。その一つの部位(身)を「一丁」(いっちょう)と呼びます。
そして一丁は三分割され、頭の方から「かみ」「なか」「しも」とそれぞれ専門用語がつけられております。このうちすし屋さんが使う部位は、昔から相場が決まっていて、人差し指から小指までの指四本幅(分)を「一(ひと)たけ」(これが握りずしのタネの長さと同じ)と呼んでおり、これを単位として「腹かみ三たけ」というように買い付けます。
(『ニューデリカ通信』編集長 染矢清亜)