シェフと60分:ホテルクラビーサッポロ料理長・貫田桂一氏

2002.09.02 259号 19面

道産の食材を主とした「体にやさしいフランス料理」が評判のホテルクラビーサッポロ。

「道産食材に注目したのは一五年ほど前。長男が生まれたころで、妻が読んでいた育児雑誌に国産素材の安全性についての記事があり、国産の小麦を推薦していました」

それを見て、なぜ国産? と最初は思った。「食のバブル」といわれていた当時。ブランド指向が高く、フランスのストラスブールのフォアグラ、イタリアのトレビスのカルチョフィなどに目を輝かせていた。

「記事の中にあった安全性や残留農薬という文字が気になりまして。掲載されていた会社に電話して話を聞くと、実際に試してみて下さい、と無料サンプルを送ってくれたんです。それを使ってパンとケーキを焼きました。それがあまりのおいしさにびっくりしたんです。小麦の香りが打ち響いてきて、かみしめるたびに麦の味を感じました。いい食材には力がある、と実感しました」

その会社は北海道にある江別製粉株式会社。後日、同社を訪ねた時に近くの畑へ案内されて生産地を訪ねることの大切さを知る。これをきっかけに、自身が「食材行脚」と称する食材捜しの旅が始まった。

優れた食材を求めて畑や山を巡り、生産者たちと直接話をする。

「いいものを作っている人は、やはりとても熱心なんです。あの人があんなに一生懸命作った食材だから何とかおいしい料理にしたい。この味をたくさんの人に知ってもらいたい。そう思いました。北海道で料理の仕事をしているのだから地元のものを使いたい、こんなに優れた食材がたくさんあるのだから。という考えもこの時に生まれました」

だが当時は二番手の身。職場で試すことはできなかったので、気に入った食材を見つけた時は自宅で調理法を研究した。

三〇歳の時、札幌市内に新しくできたホテルの料理長に抜擢される。そこでは最初から道産の食材を使用。

「新鮮な野菜をふんだんに使った体にやさしいフランス料理」というスタイルはこの時からスタートした。しかし当時はまだバブルが続くころ。有名ブランドが一番とされる時代で、道産食材の評価は低かった。

「高いお金を払ってるのに、なんで道産品? 野菜は少なくていいからもっと肉を食べさせろ。そんな声が多かったですね。でも自分の料理に信念を持っていましたから変える気はありませんでした」

平成5年にホテルクラビーサッポロが開業。熱心に誘われ、オープンと同時に料理長に就任した。このころから次第に道産食材へのこだわりが周囲に認められるようになる。地方新聞で食材を紹介する連載を始め、道庁から北海道地域づくりのアドバイザー業務を委託される。その活動を知り、ホテルへ食事に訪れた出版社の編集者から本の執筆を依頼される。道産食材の魅力をまとめたこの著書はベストセラーとなった。

現在も続編の執筆をはじめ、講師やアドバイザーとして忙しい日々を送る。それらの活動はすべて自身の休日と給料で行っている。プライベートな休日は年間で一~三日ほど、給料の半分近くは食材行脚に使う。家族には苦労をかけていると思うし、自分の体が大変な時もある。

「でも料理人には勉強が大切ですから。いい食材との出合いは、おいしい料理につながると思っています。お客様に喜んでいただけるのが何よりのこと。おいしかったよ、という笑顔を見れるのが一番うれしい。実は、それだけで料理をやっているようなものなんです」(笑い)と話す。

ホテルクラビーサッポロのメーンダイニング「ゲストハウスバーレイ」は緩やかながらも右肩上がりの売上げが続く。また、ここでのウエディングパーティーも年々人気を集める。土曜・日曜・祝日の二組限定で、年内の多くは予約が入っているという。

料理はやはり道産食材を使ったフルコーススタイル。「料理がおいしすぎて、披露宴なのか食事会なのか分からない」と出席者の口から冗談がこぼれるほど評判がいい。

先日は新郎新婦からぜひにと頼まれて貫田シェフがあいさつに立った。その日は洞爺産の食材を使っていたので、生産地と生産者名を交えて料理の説明をした。パーティーには偶然、生産者の知人が参加していて、「洞爺ものをこんなにおいしい料理にしてくれてありがとうございます」とお礼を言われたそうだ。

「うちはご当地料理じゃなく、ご当人料理ですから」と貫田シェフは楽しそうに言う。

「まじめにやると料理はそんなに大きく儲かる仕事ではありません。けれどヒットよりロングが大切。お客様によろこんでもらえることを第一に、長く続けていくことが一番だと思います。周りを見渡しても、長く続いているのは名店ばかりです」

その気持ちが、好調な売上げを見せる同ホテルのメーンダイニングを支えているのだろう。

文・カメラ 矢野直美

・所在地=札幌市中央区北二条東三丁目サッポロファクトリー西館

・電話=011・242・1111

◆プロフィル

ぬきた・けいいち 昭和35年静岡県生まれ。北海道千歳市育ち。子供のころから食いしん坊だった。初めてのレストラン体験は中学生の時。近所のおじさんたちが有名店で会合すると聞き、お小遣いをためて一緒に行った。食べ盛りの高校時代にも量より質にこだわり、少量でもいいからおいしい物を味わいたいと食べ歩きを続けた。

料理人を志したのは高校3年の夏。大学に行くつもりだったが、やはり自分の好きな道を目指そうと決意。反対する両親を説き伏せ、大阪の「辻学園・日本調理師専門学校」に進学した。卒業後は札幌市内のホテルやレストランで修業し、平成2年札幌市内のホテルで料理長に就任。平成5年の開業時からホテルクラビーサッポロの料理長を務め、現在に至る。

優れた食材がおいしい料理を生む、という考えに基づき、15年ほど前から北海道の畑や山などの生産地を巡る。その活動が認められ、道庁より「北海道地域づくりアドバイザー業務」を委託されている。自身の講演会をはじめ、イベントで講師を務めることも多い。著書に『北の料理人』(晶文社刊)がある。

◆私の愛用食材 十勝小麦のハルユタカ「強力粉」「全粒粉」

道産食材の魅力を知るきっかけになったのがこの小麦粉だった。お気に入りは十勝のハルユタカを主とする「強力粉」と「全粒粉」。どんな料理に使っても麦の香ばしさは損なわれず、かみしめるたびに麦の味を実感できるという。

コースメニューの多くには、この小麦粉を使った「天然酵母の無糖パン」がセットになっている。

「例えるならメーン素材を輝かせる名脇役とでも言えばいいでしょうか。このパンが料理を一層引き立ててくれます。お客様からも好評ですね」と貫田シュフ。

この食材を扱っている江別製粉(株)とは、一五年ほど前からの付き合い。初めて商品の問い合わせをした時の丁寧な対応は、今も変わらないという。

「ここの社長は若いころから全国を歩いて道産小麦を広めてきたと聞いています。スタッフも商品の研究や調査に熱心な人ばかりで。そういう会社は信用できます」

◆問い合わせ先=江別製粉(株)、電話0120・41・5757

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