パスタ特集:壁の穴「PASTA壁の穴」 息づく開発魂、だれもがプロデューサー
「PASTA壁の穴」の前身は、昭和28年、東京の新橋田村町で開店した六坪のスパゲティ専門店「Hole in the Wall」である。
創業者の成松孝安氏は、横須賀走水海岸でCIA極東長官のブルーム氏と出会い、ブルーム邸で執事を務めた。その時味わったゆでたてスパゲティのおいしさにひかれてパスタ店を開業した。
当時の日本はイタリア料理になじみがなく、スパゲティといえばあらかじめゆでておいた麺をケチャップで炒めるナポリタンが主流。また、大量生産に適するナポリタンは進駐軍用食でもあった。
それらのイメージが先行し、日本人にとってスパゲティは、「しつこいイタリアのうどん」に思われていた。当然経営は苦しく、商売替えを何度も考えたという。
そうした中、成松氏は、近隣のNHKの海外取材に携わる職員らに試食を頼み、麺選びやゆで方の研究を続けた。そして、常連客となった彼らに「こんなにおいしい料理が世間に知られないはずがない、がんばれ」と励まされ続けた。
昭和38年に渋谷区宇田川町に移転。「NHK職員ぐらいしかお客がいなかったので、NHKが渋谷に移転するのに伴い移転した」((株)壁の穴・伏木建一社長)と言う。
この移転を契機に、店名を「壁の穴」と和訳した。七坪一五席ほどの再スタートであった。
この店のメニューの特徴は、「たらこスパゲティ」を代表作とする和風スパゲティである。たらこスパゲティは、客が持ち込みオーダーしたキャビア・スパゲティをヒントに、タラコとバターをアレンジして開発。昆布粉(利尻、羅臼の特注昆布)を使ってうまみを引き出してた。このレシピは、たらこスパゲティが全国区の定番アイテムになるほど市民権を得ている。
ほかにもNHK職員が海外の食材を数多く持ち込み、ユニークなメニューを開発した。そうした新メニューが話題になって集客が拡大。現在、八〇を超えるメニューがラインアップされ、このようなユニークな開発精神は現在も息づく。
しかし、こだわりはなんといっても麺にある。麺は伝統的なメタルダイス製法。ダイスとは、麺を作る工程で最後に麺を押し出す口のことをいうが、メタルダイス製法ではその口は真鋳であり、麺の表面に独特の小さなキズがつきザラザラし粉が吹いたようになる。それがソースとしっくりとからみ合う性質を生ませる。だが、口の磨耗が早く手間がかかるといわれ、高価なものとなっている。
また、メニューアイテムではショートパスタとスパゲティの比率が半々だが、スパゲティの構成比が約九〇%という。「繊細な食感を楽しむ日本人の麺文化は深く、多様なパスタの種類を試みたが、結局日本人になじみが深いスパゲティを主としたロングパスタの域を出ないのではないか」(飯塚昌良取締役)という。
平均客単価は一四〇〇円台。「パスタという幅広い選択肢の中で、すべての要望にこたえられなければ、低価格に走るしかないでしょう。スパゲティ専門店のパイオニアとしては、動じず騒がず目先にとらわれず、基本を守ればかならず日の目を浴びると信じています。われわれは三つのハートが合言葉です。(1)お客様を大切にする心(2)料理を大切にする心(3)従業員、仲間同士を思いやる心。流行にとらわれず、地に足をつけて取り組みます」と言う。
「口に入れるものを簡単に変更するべきでない。世代が代わっても存在価値を地道にアピールし、麺のように細く長くやっていくことが基本です」。伏木建一社長は最後にこう語った。
◆PASTA壁の穴いちおし食材 ブコ・ディ・ムーロスパゲティ
壁の穴ではブコ・ディ・ムーロスパゲティを、南イタリアのパスタメーカーに小麦の生産から一貫してオーダーしている。標準より粗挽きして良質の水でゆっくり練り上げ、低温長時間乾燥し、日本人の食感に合うパスタに仕上げた。
品質の良いパスタは明るい小麦色でツヤが違う。ゆでたての「アルデンテ」の食感が長く楽しめ、食べ終わるまでシコシコの歯ごたえが楽しめるプレミア麺である。
◆問い合わせ=壁の穴・東京本部(電話03・5421・2321)
◆会社概要
企業名=(株)壁の穴/本部所在地=東京本部・東京都渋谷区恵比寿三‐二八‐一二、ATYビル四〇一、関西本部・大阪市住之江区浜口西三‐一七‐七/代表取締役社長=伏木政光/創業=昭和24年/資本金=二億八五七五万円/従業員数=二一〇人/店舗数=四一店舗