近代メニューのルーツ(8)若鶏の唐揚げ編 東京・銀座「三笠会館」
焼き鳥と並んで鶏料理に欠かせないのが「唐揚げ」だ。その歴史は古く江戸時代初期までさかのぼることができる。しかし、唐揚げが外食メニューに登場したのは近代になってからのこと。「若鶏の唐揚げ」を初めてメニューにのせた東京・銀座の「三笠会館」でそのルーツを探った。
「からあげ」は「唐揚げ」または「空揚げ」と書く。『日本料理由来事典』(同朋社)によると、江戸時代の初期に中国から伝来した普茶料理では「唐揚げ」と書いて「からあげ」または「とうあげ」と読んだという。
しかし普茶料理でいう唐揚げは、現在の唐揚げとは違うもの。『普茶料理抄』(一七七二年)には「唐揚げ」とは、豆腐を小さく切り、油で揚げ、さらに醤油と酒で煮たものと紹介されている。
江戸時代初期の料理書『素人包丁』(一八〇三年)などでは、魚介類や野菜類を素揚げにしたり、小麦粉をまぶして揚げたりする料理法を、「煎出(いりだし)」「衣かけ」と呼んでいる。
現代の「唐揚げ」が外食メニューに登場したのは昭和7年ごろ、現在の(株)三笠会館(東京・銀座五丁目)の前身「食堂・三笠」でのことだ。三笠会館は大正14年創業。奈良県吉野市出身の谷善之丞(たに・ぜんのじょう)氏が東京・京橋木挽町に「かき氷屋・三笠」を開店したのがその始まり。
その後、店はカレーやサンドイッチなども扱う「食堂・三笠」となる。午前3時まで営業していたことから、タクシーの運転手さんや花柳界の人たちが常連となり、朝5時まで閉められない日もあるほど繁盛したという。二年後の昭和2年には歌舞伎座前の三原橋側に移転、昭和7年には銀座一丁目に鶏料理専門の支店を開業するまでとなった。
ところがどうしたわけか、支店は営業不振となり、その赤字は本店にも打撃を与えるほど大きくなっていった。当時の料理長・横山明那氏はこの営業不振をなんとかしようと知恵をしぼり、打開策として考案したメニューが「若鶏の唐揚げ」だった。
この唐揚げは骨付きの手羽、モモ、胸肉を醤油ベースの「三笠特製たれ」につけてから中温で空気にふれさせながらじっくりと揚げたもの。サクサクとした衣、香ばしい特製たれの風味と鶏肉のうまみがほどよくマッチした味で、すぐに評判になった。
客が鶏を手で食べやすいように、「唐揚げ」といっしょに手拭きと骨を入れるツボを用意した独自のスタイルも好評だった。さらに手拭きとツボにデザインされた三笠のシンボルである鹿の絵柄もその愛らしさが人気となった。
たちまち「若鶏の唐揚げ」はこの店の名物料理となり、店はそれまでの営業不振がウソのように繁盛した。
この店は後に店名を「チキングリル三笠」と改めたが、東京大空襲で焼失してしまった。それでも名物「若鶏の唐揚げ」は三笠会館本店中二階にある「イタリア料理・トラットリア メッツァニィノ」のほか五店舗のメニューに健在である。
◆店長のコメント チョウリスーパーバイザー・佐野達成さん
当店の「若鶏の唐揚げ」は、鶏肉本来のうまみを生かした素朴な味が特徴です。特製たれにあわせ、片栗粉をまぶして揚げた鶏肉を、からし、ごま塩、レモンの薬味で食べていただく味は、創業者の時代から変わっていません。昔は、唐揚げを揚げられるようになるまで三年修業が必要だったくらい、三笠会館を代表する大切な料理のひとつです。伝統の方法でひとつひとつ丁寧に揚げた「若鶏の唐揚げ」をぜひ食べにいらしてください。
◆一口メモ
現在、唐揚げをメニューに載せている店は数しれないが、三笠会館の唐揚げには、今でも「唐揚げといえば三笠さん」といって食べに来る古くからのファンが多い。これは創業者の谷氏が、この名物料理を大切に考え、戦後の食糧難の時代でも「唐揚げ」だけは切らさずにいた努力と、それに五〇年以上協力してきた取引先との信頼関係によるものであるという。
◆この食材を愛用しています ヒガシマル醤油特級本醸造うすくち
三笠会館の「若鶏の唐揚げ」のおいしさの秘密は、店特製のたれにある。そのレシピは昭和7年から変わらない。醤油、焼酎、砂糖などをあわせたものを火にかけ、最後にごま油で香り付けをする。
ベースとして使われている醤油は、ヒガシマル醤油の「特級本醸造うすくち」だ。うすくち醤油のトップメーカーである同社が伝統的製法と現代の技術によって、厳選した原料からつくり出した逸品である。穏やかで軽快な芳香を持ち、素材の本来の色と香りを生かすのに最適な醤油だ。
◆問い合わせ=ヒガシマル醤油(株)(兵庫県龍野市、電話0791・63・4635)
◆店舗メモ
三笠会館本店・イタリア料理・トラットリア メッツァニィノ/所在地=東京都中央区銀座五‐五‐一七、電話03・3571・8181/おもなメニュー=若鶏の唐揚げ(一〇〇〇円)、ディナーコース(五〇〇〇円)、ランチメニュー魚コース(一八〇〇円)、ステーキコース(二三〇〇円/営業時間=午前11時30分~午後11時(ラストオーダー10時)/三笠会館=大正14年創業の老舗。昭和41年、総合レストランビルとして三笠会館本店を開店。「バー5517」「ティールーム&ケーキショップ」「イタリア料理・トラットリア メッツァニィノ」「フランス料理 榛名」「懐石・しゃぶしゃぶ吉野」「中国料理 秦淮春(しんわいしゅん)」「シーフード&ステーキ 大和」で構成する。ほか多数の外食事業を手掛ける。
◆レシピ
(1)鶏肉を骨ごとブツ切りにする(2)三笠特製たれに軽くもみこむ(3)片栗粉にまぶして水分が出る前にすばやく油に入れる(4)空気をふくませながら揚げる(5)薬味は、からし、レモン、ごま塩で、ごまは包丁で刻む