トップインタビュー フーズかつ好代表取締役・長澤好朋氏 空手王者の闘志
‐‐東京の大学を卒業されて、学士さまがトンカツ屋を静岡市内で始めた動機は一体何んだったんですか。まず、そのあたりから聴きたいですね。
長澤 ちょっと話は横道にそれますが清水市内の田舎の高校時代、実は空手部に籍がありましてね、努力の甲斐あって大学に引張られました。大学四年間、良き先輩に恵まれたことと自分なりに精進したお陰でチャンピオンになってしまったんです。卒業と同時にイギリスにいた恩師からアシスタントプロとしてこっちへ来てやってみないかという誘いがありまして、私もその気になっていたところ田舎のオヤジから『家に帰って仕事(お寺)を継いでくれ、好きな空手も十分やったんではないか……』とね、夢もあるしいろいろ自分自身悩んだ挙句、身を切る思いでイギリスの話は諦めました。オヤジの反対を一応、受け入れたものの家の仕事を継ぐのが否で、何をしようかと考えた末、高校時代空腹を満たしてくれ大好物だったカツドンの味が忘れられず、トンカツ屋で身を立てようと決心して東京の有名なかつ吉というトンカツ屋の門を叩いたんです。ところが最初断られてね。しかし、こちらも諦めずに主人にどうしても修業させて下さいと粘りに粘ってやっと許されました。
‐‐修業先で何を学びましたか。
長澤 修業させていただくのは三年間という約束でした。そこで教わったことはメシ屋の一汁一菜、つまり例え質素な食べ物であってもお客様に如何に喜んでいただくことが出来るかどうかということでした。修業先での三年間は大学で空手のコーチをやったり肉屋へ行って肉のバラし方を教わったり、お茶の稽古に通ったりして本当にあっという間の三年間でした。修業中に自分の店を持つために収集していた材料を使って店作りを始めたのが、いまの「かつ好静岡店」です。二五年前、二六歳の時です。
‐‐お宅の店は一般的なトンカツ屋という感じでなくて古風というか、凝った造りで趣のある店ですね。
長澤 修業時代に学んだ様々な凝縮したものを店作りにぶつけて造りました。私の店作りのコンセプトは店格、人格、品格の三つが基本です。具体的には流行のない本物でかつ好という店のカラーを鮮明に出すということだったわけです。その考え方は決して間違ってはいませんでした。お陰様でいまでもお孫さんを連れて開店当初お店へ来ていただいた九四歳のお婆ちゃまが二五年たった今でもお店へ来ていただいておりますし、そのお孫さんもお子様と一緒にご夫婦で時々顔を見せてくれます。ありがたいことです。
‐‐店作りが特徴の一つですが社員もテキパキしていてお客様に爽やかさを与えますし気分がいいですね。社員教育の一端をお話いただきたいですね。
長澤 店作りのコンセプトである三つの品格から社員教育もきておりまして私は学歴というものを大事にします。いま、学歴といえばどこの大学を出たかという学校歴を指しますが、私のいう学歴とは学んだ歴史のことをいいます。社会へ出てから学んだことが極めて重要です。例えば社員と一緒に禅道を学び、山に花をとり四季を感じ店に生けたり、先生に書を学びメニューやあいさつは筆をとって書く位のことなど様々な勉強をしっかり“かつ好大学”で教えています。道元の教えで正法眼蔵の中で菩提薩■、四摂法という教えがあります。これが私共の社員教育です。四摂法とは布施、愛語、利行、同事ということです。その中で同事ということは一元的な考え方、つまりピンチもチャンスも同じ、入口も出口も同じだという意味です。ですからお客様も自分達も一緒、お客様の気持になるということです。今後、学ぶことは「典坐教訓(道元の教え)」です。食をお客様に供するということは言葉では表現しにくい程すごいことなんです。
‐‐最近手作りとか本物作りなどといっておりますが、かつ好さんはこのようなはやり言葉をどのように受け止めますか。
長澤 正にはやり言葉です。本物、それは当店にとって正味一粒という考え方です。その中で日に日に新たに“感激”を感じながら生きるということを大切にしています。
‐‐店を作って二五年間ということですが店舗展開が活発ですね。
長澤 最初の店から一五年経過して清水店を出し、さらに東大寺の清水管長から牛舌という店名を拝名して静岡市内で牛を始めました。牛はこだわって岩手県の前沢の霜降り牛と京都の丹波の小ぶりな雌牛を炭火で焼いたものです。この店も一〇年たちました。それから好物だったカツドンに入りました。カツドンの難しさは十分承知しておりましたのでやらなかったのですが、私が二〇年前、能登を旅した時、骨董屋で見た有名な合鹿椀(角偉三郎さん漆器作家製作)を使って供しようということで大変難しいカツドン屋をとん庵ロトンドという店名で始めました。
昼はクラシックを聴きながらカツドンやランチ、夜はジャズを楽しみながらワインを傾けてもらっています。入口のウインドの中にデリカを置いて皆様に喜んで買っていただいております。
こういうことでかつ好が二軒、牛舌、牛亭、とん庵をやっております。静岡市内の西武と松坂屋の両店にも出店しています。デリカは百貨店からのありがたいお勧めがあって始めたわけですが、今後はデリカ部門に全力投球します。デリカはコロッケです。かつ好コロッケ、開化コロッケ、菜根コロッケ、駿河コロッケ(桜えび)、大正コロッケ、ライスコロッケなどです。東京は紀ノ国屋で扱っていただいております。
‐‐今後の計画についてどのような考え方をお持ちですか。
長澤 一工場一店舗を目指します。つまり入念な本物作りのためです。一般家庭用通販部門にも取組んで総合的な事業展開を図る考えです。
高校、大学と空手部に籍を置いた長澤好朋氏は見るからに精悍な顔付きだ。フーズかつ好がトンカツ屋を開業した当初、約九割の社員が空手部OBの出身者で占めた。いまでも運動部の出身者が多い。学生時代に貴重な経験をした長澤氏は、強い奴と練習をやる、皆んな遊んでいる時に練習をする、相手と同じ練習方法は採らない、の三つの手法を身をもって体験、全国学生チャンピオンの座を獲得した。社会も同様という考え方だ。今後の事業展開は深刻な不況がさらに長期化しそうな時だけにリストラを常に行いデリカ事業部の強化拡大に努め全国有名食品店やスーパーなどの流通網を整備強化し、同時にデリカの通販事業部の拡大策を図る考え。本年度の売上げ目標はグロスで約一〇億円。
(文責・静岡支局忠内)