甘辛ゲストの目 感じの良い店悪い店

1994.11.21 64号 8面

感じの良い店とわるい店がある。それは事実に違いないが、いったい誰にとって「感じの良い店・わるい店」なのか。ミシュランを気取るレストラン評論家や、職業グルメなどが店を採点しているというが、絶対基準も相対基準も発表してなければ、外食産業界の寄生虫に過ぎない。そんな連中のグルメ・ガイドが一〇〇万部出ても、外食人口の何パーセントが読んでいることになるのか。かえってそれに目をくれない生産者が、数十倍もいることを証明するだけで、まじめに考えれば、店を良くするのも悪くするのも「客・店・近所の三位一体」の努力によるものである。

ロンドンのホテルのダイニングで、英国式の豪華な朝食をとっていると、ズズッーとオートミールを啜る音がする。それに憤然と席をけって立った英国紳士がいた。見ると案の定、日本人の男性客が席にいる。遅れてやってきた米国人の友人に、そのことを話すと「食べてる最中でも、すぐ席を立つのが英国人。急いで食べて出てゆくのが米国人だ」といい、「米国人は金を払う分だけは食べるが、英国人は食べるのを止めて、金を払って出てゆく」のだという。

これは相席の客への、マナーを心得ぬ者への意思表示である。もともとマナーとは、他人に不快な思いをさせない配慮で、気取って食べることではない。このマナーの意味を知らなければ、いくら席をけって出ていっても、蛙の面に何とやらである。では日本の例を挙げよう。夕方、馴染みのすし屋にはいったら、カウンター席に二組の、子連れの女性客が座っている。さっそく「ここはネタもわからない子どもが座るところじゃない」と、テーブル席を指してやったら、うらみがましい目をして移っていった。

ついでにもう一つ、新宿の老舗のてんぷら屋でのこと。ランチタイムが終わった頃で、店はやや空いていたが、昼から声高に話す数人の女客がいた。店員はキッチンの側に集まり、押し黙ったまま見つめている。あまりの傍若無人な態度に、見かねて「騒ぐなら飲み屋へ行け」と言ってやると、さすがに間が悪そうな顔をして出て行った。つまりマナーレスの客に、対抗しえない店しかなければ、同席の客が牽制するしかないのか。

懐かしのアメリカ映画に「ジャイアンツ」があった。人種差別の激しい時代のテキサスが舞台で、ロック・ハドソン扮する石油王が、家族を連れて町のレストランに入る。ところが息子の嫁(メキシコ人)のオーダーを、店主は受けつけようとしない。一族の長のプライドを傷つけられた石油王と、がんこな店主がなぐりあいの喧嘩をする。

その挙げ句、張り倒された石油王の胸に、店主は小さな掲示板を放り投げる。それには「当店はお客を断る権利を有する」と書いてあった。この場面は、人種差別の激しさを表現したものだが、日本では「店の雰囲気」を守る方法はないのか。せっかく「ファミリー・レストラン」という業態があるのに、それ以外のレストランやホテルに、平気で子連れで入る客がいる。

欧州のレストランでは、犬の入店はOKだが、子どもはNOとされている。訓練された犬なら、おとなしくテーブルの下に座って、ワンともいわず動かないでいる。これは躾のできていない子どもは、動物なみにしか扱わないという、社会的規範があるからだが、それにしても「ファミリー・レストラン」でさえ、客席の間を走り回る子どもを叱る親がいない。先日、サンフランシスコを走っている時、「ファミリー・レストラン」の看板を見て仰天した。ついに米国の外食産業界にも、ジャパナイズの波が押し寄せてきたのだろうか。

また別の話。ある専門紙上で新社長へのインタビュー記事を読んだ。チェーン・レストランのトップが、低価格メニューの導入に関しての、記者の質問への回答に気になる表現があった。「レストランはサービスを売る側面が多い。たとえば全店に禁煙席を設け、従業員が来店客に、喫煙か禁煙かを尋ねて案内するなどの、サービス向上策もマニュアル化したい」という部分である。喫煙・非喫煙の「席分別」には同感だが、この社長の運営する業態はレストランで、居酒屋ではない。

つまり「食事主体の店」か「飲酒主体の店」かで、極めて嗜好性が強く、個別性の高い「喫煙」への処遇は異なるのではないか。食事主体の店のレストランでも、欧米式にバーを設けて、喫煙空間への配慮をしている店がある。

「業態」とはお客を差別化し、サービスの目的や対象を分別するはずである。すくなくも来店するゲストの側は、店格や老舗などのイメージから、そう認識していると思ってよい。来店するすべての人がお客ではない。せめて「当店では全席、ノー・スモーキングです」とか、「当店はアルコール飲料を供しますので、未成年者の同伴はご遠慮下さい」などの掲示で、他店とのサービスの違いを、示してもよいのではないか。

(フードシステム研究所長・田中千博)

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