シェフと60分 レストラン「ロオジエ」ジャック・ボリー総調理長兼店長

1995.01.02 67号 5面

料理に大切なのは食材。それも、その料理に最も相応しい食材を研究し調理するのが料理人の道という。

ジャック・ボリー風フランス料理には、フランス食材は欠かせないとして、六割を空輸している。

「日本の食材でもアメリカの食材でもかまいません。一番おいしいものを使いたい」

二〇年前に日本に来た時は、欲しい食材もなく、「フランス料理もどき」だったという。今は、当時と違い、いろいろな食材が自由に入手でき、「パリと同じ料理ができる」と、古典的フランス料理をベースに、独特の創作メニューを打ち出す。

「野菜は、土壌が違うせいか、日本よりフランス産がうまい」として、カリフラワー、ニンジン、ホワイトアスパラ、アーティチョーク、フランスカブなどは、フランス直輸入だ。

「どこの国の料理であろうが、どこの国の人が作ろうが、おいしいものは、おいしい。音楽と同じで、ベートーヴェン、モーツァルト、シューベルト、感動するのに言葉は不要。万国共通です」

また、フランス料理、中国料理、日本料理それぞれがアイデンティティを持ち、良さがあるとして、他国料理の「アイデアは採り入れる」が、あくまでも受け継いで来たフランス料理の基礎は崩さない。MOF受賞者の誇りを垣間見るようだ。

「日本料理も同じだと思う。しっかりした技術的基盤があってこそ、初めて新しい創作メニューが実現できる」

ヌーベル・キュイジーヌが取沙汰された時もあったが、「見た目の奇麗さも大切だが、食べておいしくなかったら、料理としての意味がない」。料理は、五感で味わうものという。

レストランは、シアターのように楽しんでもらう場所という持論から、「トータルでの温かい雰囲気」づくりに細心の注意を払う。

「おいしい料理もさることながら、店内のレイアウト、椅子、テーブル、カーペットなどのインテリア、グラスや皿、お花、そして楽しい会話」すべてが一体となり、初めて楽しいくつろぎの場となるという。

雰囲気が冷たいと、おいしい料理もまずくなる。調度品に加え、ギャルソンの果たす役割は大きい。「料理との比は五分五分と思っています」。

毎日観客が変わるシアターであるレストランだが、「この仕事にパーフェクトはない。サービス人は料理の上げ下げだけでなく、温かい雰囲気をつくり出す努力が必要です。また、お客を一目見て、どんな食べ物を好むのか、ぐらい察知することも必要」と、スタッフ教育に当たる。

時には考え方の違いも出てくるが、「スタッフがいろいろ考えていることのほうが嬉しい」と、積極的に意見交換をはかる。

「自分一人では何もできない。人に動いてもらい初めてできる。そのためには、最大限、自分の考えを伝える努力を払う」

「人の管理が、大変なのは当たり前。一生懸命やればやるほど難しい。ギブアップは簡単です。最後まで私の色で染めていきたい」と、柔和な笑顔ながら、キラリと光る瞳に気迫を込めて語る。

「この仕事についた最初の五~一〇年は一生懸命勉強です。一五年目位から楽しくなります。この仕事は、アートに近く、エンドレスの勉強で、人生を楽しんでいないとできない」と言うだけに、自らは、ミュージック、特にカントリーソング、クラシックではモーツァルト、ワグナー、ヴェルディーを好む。また、時間をみてはギャラリー通いもする。

「こうした遊びが、充実した仕事につながり四〇代の今が最高」といえるのも、重ねて来た年輪が言わせるのかもしれない。

人によって厨房で作るだけの料理人もいるが、「料理を作るだけではつまらない。誰に料理をあげるのか気になる。顔を見ないのは淋しい」として、客とのコミュニケーションを積極的にはかる。

「気持が通じ合えば、もっとやってあげたくなるのが人情です。トータルでおいしいと言ってもらうのが一番嬉しい」と、あくまでも総指揮者に徹する。

二〇年前と違い、日本人のフランス料理の楽しみ方が変わってきたという。

「昔は特別な場として緊張して食べていたが、今は楽しんで食べている。マナーを知らないのは、私が日本料理を食べる時と同じ。最初の戸惑いも、だんだん慣れ、四~五人で明るく団欒する光景を見ると嬉しい」

こうした雰囲気づくりは、ギャルソンのリードもあるが、トータルなおいしさを演出するグランシェフによるところ大である。

文   上田喜子

カメラ 岡安秀一

46年、フランスコレーズ県テュル生まれ。一四歳で料理を志し“グラン・ヴェフール”“クロ・テ・ベルナルダン”などパリ一流レストランで修業後、ジャン・ドラヴェーヌの勧めで73年来日。

ホテルオークラ“ラ・ベル・エポック”などのシェフを務め、82年にMOF(「フランス最優秀の職人たち」と訳され、日本でいう人間国宝に等しい)の称号を授けられる。

86年、銀座資生堂の「ロオジエ」に迎えられ現在、総調理長兼店長として腕をふるう。

四年前、店内を氏が理想とするレストランに模様変えし、今が一番楽しいと言い切る。

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