あの店この店味な店 ステーキの「くいしんぼ」サンチャレンジ

1995.05.15 76号 18面

「みたところ、その辺を歩いているフツーの“おっさん”と変わらないでしょう。見えをはらないんですよ、私は」

「ステーキのくいしくぼ」のFCを展開する(株)サン・チャレンジの佐藤康行会長はこういって、まず笑わせた。なるほど、年商四〇億近いFCを率いるトップとしては、地味で少々くたびれた背広に身を包み、華美な装飾品のたぐいは一切、身に付けていない。続けてこうも言った。

「見えと恥ずかしいという気持ち、さらに情けは失敗の元になるんです」

情けは目を雲らせ、相手が甘えてくるから禁物というのだ。そのかわり大切なのは“愛”であるという。厳しくしても根底に愛があれば、相手は納得してついてくる。「学校の先生にたとえ叩かれても、愛情を感じるなら、後になって懐かしささえ覚えるでしょう」。

さてこんな「哲学」のもと、「くいしんぼ」は、八〇年に東京・四谷で第一号店を開いて以来、着実に店舗を増やし、今年3月時点で計五一店を数えるまでになった。うち五店は直営である。店舗は都内が圧倒的に多く、一部、千葉、神奈川、また関西、中京方面に展開している。

昨年1月、くいしんぼは思い切った新路線を打ち出した。それが、「立喰いステーキV1」である。VはVictory。「一番の勝者をめざします」(佐藤さん)。

これは文字どおり安価なステーキを、立ち食いで提供しようというもの。くいしんぼ店は一〇〇〇円札一枚でステーキとご飯、サラダを食べることができる、というキャッチフレーズだったが、こちらは想定客単価七五〇円で、ステーキ、ビーフシチュー、ステーキ丼の三種類を用意した。価格は、ライス付きステーキ六五〇円、同ビーフシチュー六八〇円、ステーキ丼五八〇円(いずれも東京・神田店)で、サラダ、お新香、みそ汁はオプション。

「神田に第一号店を出したときには、実にものすごい反応がありました。出店前からマスコミもこぞって取りあげてくれた。一〇〇社以上が取材に来たのではないか。テレビだけで二〇社近かったでしょう」というほど。

あたらし物好きのマスコミらしい反応だが、確かに、“価格破壊”が云々されるご時世のうえ、麺類、パン食といった手軽な食べ物ならいざ知らず、ステーキを立ったまま、しかも安価で食べてもらおうというのは斬新な発想だった。

「おかげで、オープンの日には、本部事務所(四谷)の電話は一日中鳴りっ放し。多分、四、五〇〇本はかかってきたと思います」と佐藤さんはいう。なぜこれほどまで注目を集めたのか。佐藤さんはこう分析している。

「既成の観念を破った独創性が当たったのではないですか。それと“バブル”がはじけて社会全体が沈滞化していた時にもかかわらず、いったい誰が何でこんなことをするのかと、注意を引いたのだと考えています」

ではその発想をもたらした要因は何か。「FCは出店し続けなければならない宿命があります。しかも利益をあげなくてはならない。選択肢は二つ。お客さんから高いお金をいただくか、安くして回転率を上げるか、です。私は後者を選びました」。

一〇分足らずで食べ終わるのだから、コートは脱がない、店員と話をする必要はないし、そんな時間もない。これなら回転率は相当高くなるわけだ。

しかしこのV1、どうも一種のカケだったようにも見受けられる。もし満を持し、かなり計画的に始めたのなら、その後、続々展開していっても良いと思うのだが、実際には、以降一年二ヵ月を経ても、わずか一店(東京・新橋)しか増えていないのだ。

佐藤さんは、「もし当たらなかったら、看板はあそこ、設備はどこと、しまっておく場所を考えていた」というほど、自信満々には遠い状態だったことを認めている。いまでさえ、「まだ実験段階なのですよ。年内に開店予定の約一五店舗のうち、V1は三、四店くらいです」とし、本格展開は来年からの構えなのである。

経営にリスクはつきものだが、もし“ハズレ”ていたら、どうだったのか。が、佐藤さんは「確信があったわけではないが、私には何というのか、ひらめきみたいなものがあるのです。見えないパワーとでもいえばいいのか……」と、なかなか楽観的なタイプであるようだ。

さて、「くいしんぼ」、追い風背にして順調のようだが、改革・改善すべき点はどこにあるのか‐‐こう質問を発したとたん、間髪おかず「全部です」と佐藤さん。それでは記事にならないと、こちらは「あえてあげればどこですか」。しばし考えていたものの、メニュー、販売方法、店員教育‐‐などなど。ズラッと並べ立てた。「これでよしとせず、常に先のことを考えていたい」のだそうだ。

さらに、店舗数や売上げなど、あまり数字にこだわりたくないともいった。「目標がないわけじゃないけれど、こだわったら粗製乱造につながりかねない。“ヘンな人”をFCに入れたりしたら困りますから」。

実際、考え方が合わなくなったり、バブル期に店舗と関係ない儲け話に引っ掛かって抜けていったオーナーもいるそうだ。どういう人と組むのかは、将来の経営の死命を制することにもつながりかねないから、FCの主宰者として見極めは慎重に行いたいところ。

応募者は実にさまざまだという。転業、脱サラ、最近では、「リストラ」の名のもと、事実上首切りされたサラリーマンの応募もある。

しかし何百という応募者からパートナーになる人は、ホンのわずかだ。そこでいったい、どんな“基準”でFCの担い手は決まるのか。「資金力はもちろんですが、それに劣らず人間性が重要です」と、佐藤さんは強調した。「意欲があり、一緒に成長できるタイプでなければ加わってもらうことはできません。それに何よりウチにほれてくれなくてはね」というのだ。

FCの種類は“山”ほどある。相手も「くいしんぼ」も、お互い選択権があるわけだ。したがって佐藤さんは、「双方とも自分の考えをハッキリ言うことが大切」という。そのうえで、どちらかが気にいらなければ、話はなかったことにすれば良い。変に妥協したり無理をすると、あとでそれぞれが困ったことになるだろう。バブル崩壊で店舗用物件が値下がりしたとはいえ、比較的店舗面積の小さいV1でも出店に約一八〇〇万円はかかるというから、注意深くコトを運ばなければならないのは当然だ。

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