あの店この店味な店 宴会レストラン「ジョン万次郎」榮太郎

1995.05.15 76号 19面

ジョン万次郎といえば、土佐の漁師、中浜万次郎の異名。一八四二年、出漁中に漂流し米船に助けられアメリカへ。教育を受け五一年に帰国すると、土佐藩、さらに幕府に仕え、航海・測量・英語の教授に当たり、明治維新後は開成学校(東大の前身)教官も務めた。

この、波乱にとんだ人生の、男の名を付した“海洋パブレストラン”が、ズバリ、「ジョン万次郎」。

名古屋市に本部をおき、和風炉端チェーン「榮太郎」を展開している(株)榮太郎が、一九七六年、市内に第一号店を開き、八二年の新宿店を皮切りに東京へ進出。以降、東京地区と福岡地区を中心に相次いで店舗を開設し、いまでは、トータル二七店。この4月には神奈川進出第一号となる川崎駅前にもオープン。ジョン万次郎、全国展開に向け帆を高々とあげ始めた。

その最大店舗規模を誇るのが、九三年2月にオープンした新宿区・JR信濃町駅ビル一階、二階に陣取る信濃町店。なんと五八六坪・七二〇席。一階部分がオープンスペース三〇〇席に小部屋含め五〇〇席で、吹き抜けの二階周囲に小部屋が並び、こちらは総定員二二〇席のスケール。小部屋は和洋・大小一〇人~一〇〇人利用まで、全部で一四ある。去年9月にはある企業の創立記念パーティーに一挙九〇〇人が集まった。もちろん全館貸し切りで、これがいまのところ、同店の一団体による利用人数の最高記録となっている。

というわけで、信濃町店の主要コンセプトは、「宴会レストラン」、そのためのサービスは実にさまざまだ。宴会は一単位二時間で、料理は「お一人様」二八〇〇円から五八〇〇円まで五コースにわかれ、いずれもこれに一人一二〇〇円プラスすれば、いかなる種類の飲物でも完璧飲み放題。

さらに各部屋のすべてにカラオケセットがついている。こちらは一時間あたり二〇〇〇円の別料金で歌い放題。それにしても、人は年中宴会ばかりではあるまいに、果たしてこれでやっていけるのか、との素朴な疑問もあるのだが‐‐。

「逆ですね。フリーのお客さんだけを考えたら、信濃町駅ビル店は、月に三〇〇〇万円の売上げがやっとでしょう。うちは一億円をめざしました」と語るのは、学生時代にジョン万次郎でアルバイトをし、八七年大学卒業と同時に就職して、早くも若き常務兼営業本部長の座についた三溝順弘(さみぞ・ゆきひろ)さん。「宴会中心に運営しているからこそ、収益が上がっている。新年会、忘年会、クリスマス・パーティーだけでなく、人事異動の時節など、2月、8月を除けば、各種歓送迎会など切れ目なくある」という。確かに、何やかやと“名目”つくって、われら飲食に及ぶかもしれない。

そのかわり、開店四ヵ月前から、猛烈な外商活動をおこなった。そもそも一二〇坪程度の店でも、乗降客一〇万人以上の駅近辺でなければ出店しない、との“内規”にもかかわらず、乗降五万八〇〇〇人の信濃町駅に出す決定を下したのも、宴会路線で行けると踏んだから。

そこで、「法人会員」獲得に全力をつくした。約六〇〇〇社の「総務部長」あてダイレクトメールを送り、アポを取っては訪ね歩いた。これで四五〇〇社の会員を獲得できたのである。入会金、会費一切なしだが、会員になると、宴会料金の五%が割り引かれ、飲み放題も一人一〇〇〇円でオーケーなど特典はいろいろだ。あのアサヒビールでは、会員券九〇枚を保持。ほとんどの部課が所持しているのではないか。ビルの“大家”である東日本JRも相当枚数を保有。その他近隣大手企業や自衛隊、宗教団体にもだいぶ普及しているという。

そしてカラオケの併設。これは、八年ほど前、東京・巣鴨店の店長が、客の要望もあって、設置したらどうかと発案したのが始まりだった。結果が好評だったため、以来、出店のさいのマニュアルとなった。店によっては、一曲二〇〇円のコイン投入式もあるが、折からのカラオケ・ブームがすっかり定着し、宴会に欠かせないものとなったのも幸いした。

こうした外商活動、宴会中心、カラオケ併設など各種コンセプトは、いまでは、他の飲食チェーンでもだいぶ取り入れるようになったが、ジョン万次郎、果たして次なる航海ではいずこへ向かうのか。

たとえば、九三年3月期の売上げは九一億二五〇〇万円だった。昨年同期は一〇四億五七〇〇万円、今期はおよそ一一〇億円を見込む、昨年4月には、株式の店頭公開も果たした。目標は、「一年で五、六店、約一〇〇〇坪の新規開店、成長率が年一〇~二〇%」(三溝さん)だが、“ジョン万次郎ブランド”の地方展開はまだこれからだ。

ちなみに榮太郎チェーンも含め、フランチャイズはたった一店だけで、すべてが直営。三溝さんは、その利点を、「すぐに新しい方針で展開しやすい」と説明した。つまり、万次郎がもし行き詰まれば、コンセプトをガラリ変更する可能性を否定しない。一方で未開拓地へ船出をし、他方で就航のエンディング、との分化だってあり得るわけだ。直営の強みであり、しかし“退役”後に荒波が待ち受けることも予想されよう。遠洋航海に危険は付き物。幕末・明治の激動期を生き抜いた男のヒソミに習って、ジョン万次郎、いまも蛇取りに懸命だ。

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