飲食店成功の知恵(67)開店編 「モノ」でなく「心」を売る
私はいつも、飲食業の最大の売り物は「お客への愛」だといっている。愛などというとすぐ馬鹿にする人がいるが、そういう人は残念ながら飲食業には向いていない。お客を愛することのできない人に、サービス業の本質を理解することなどできるはずないからだ。
飲食業がサービス業だということくらい、誰でも知っている。ところが実際には、サービスになっていないサービスが当たり前のように横行している。たとえば、お客が来たら水のグラスを持ってオーダーを取りに行き、料理ができたらテーブルに運ぶ。これが飲食店の接客サービスだと思っているお店があまりに多い。なかには、お客が食べ終えたのに食器を下げようともしないお店も少なくない。はたしてこれで、サービス業といえるだろうか。
いうまでもなく、サービス業の仕事とはお客に尽くすことである。サービス業にもいろいろあるが、少なくとも飲食業は「おもてなし業」である。では、おもてなしとはどういうことか。お店に入って来たお客に「いらっしゃいませ」といい、帰るときに「ありがとうございました」ということだろうか。たしかに基本の接客用語と接客動作は大切である。しかし、それだけではとてもおもてなしとはいえない。これは、自分がお客の立場になって考えてみれば、すぐに分かることである。同じような接客用語と接客態度のお店でも、お客の持つ印象は明らかに違うということがよくある。なぜ違うのか。一方のお店にはお客への愛があり、他方のお店にはないからである。この違いは大きい。
たとえば、温かい料理は温かく、冷たい料理は冷たくということなら、お客へのおもてなしの心がなくても、従業員を動かすシステムによってなんとかカバーできる。しかし、お客の食べるスピードや場の雰囲気を見ながらタイミングよく次の料理を出すといった細かな配慮は、お仕着せサービスでは絶対にできない。かゆいところに手が届く。これがおもてなし=お客に尽くすということだ。そしてここが大事なところなのだが、かゆいところに手が届くのは、お客を愛しているからこそなのである。人間、愛する人のためならたいていのことは苦にならないが、そうでない人に対してはそんな気持ちにはなれないものだ。
飲食業と物販業の本質的な違いは、お店とお客の間に「心」が介在するかどうかということだ。飲食というモノを通して心を売るのが、飲食業というビジネスなのである。
たしかに、お客が飲食店を利用するのは飲食するためである。しかし、お客の目的はたんに空腹を満たすことだけではない。たとえば、懐かしい友人と会う。そこで一緒にお酒を飲んだり食事をしたりするのは、旧交を温め、楽しいひと時を過ごすためのはずだ。家族の会食にしても同じである。
日本がまだ貧しかった時代には、おいしいものを腹いっぱい食べるということが第一の目的だった。だから、飲食というモノをポンと出すだけの、お世辞にもサービス業とはいえないようなお店が成り立っていた。
しかし、いまは豊かな時代である。いまのお客が飲食店に求めているのは、ゆとりとか楽しさといった精神的なものである。だから、お客が少しでも楽しく、豊かな気分で飲食の時間を過ごせるように尽くさなければならないのだ。
お客に尽くすことはべつにむずかしいことではない。ひたすらお客を愛し、お客の喜びを最優先に考えることで、自然とおもてなしの雰囲気ができあがっていく。繁盛店というのはじつは、お店の愛が多くのお客に受けとめられているお店のことなのである。
フードサービスコンサルタントグループ
チーフコンサルタント 宇井 義行