地域ルポ JR信濃町(東京・新宿区) 住宅・文化・スポーツ・宗教と多面的な顔
一日平均九万人の乗降者数。JR(総武線)信濃町駅は、神宮外苑に近接する駅として知られるが、地域特性としては住宅街であり、また、“文化の街”“宗教の街”という多面的な顔を持ち、一元的にはくくれない性格を有する。商業施設も駅近接地の限られた狭いエリアに展開するという状況にあり、結論的にいえば、地味な街という印象を受ける。しかし、九三年2月に駅ビルが完成して、数は少ないが店舗が入居したこと、また、今年5月はじめに地域の顔となる信濃町煉瓦館がオープンしたことで、以前の街のイメージとは異なった雰囲気も呈してきており、これに触発されてか新たな飲食店の出店も目につくようになってきた。
駅ビルに5店
ホームから駅改札口に出る。以前は小さな空間が存在するだけだったが、オープンで明るいゆったりとした空間が展開する。
九三年2月、駅施設の活性化と地域振興を目的に、JR東日本が総工費約一二〇億円をかけて地上六階、地下二階の駅ビル(JR信濃町ビル)を建設したからで、地域の要として新しい都市空間を創出することになった。
ビルのフロア構成は一~二階が商業、三~六階がオフィスで、商業施設としては一、二階吹抜けの大型ビアレストラン「ジョン万次郎」をはじめ、パンとサンドイッチの店「リトルマーメイド」(一階)、フルーツショップ&フルーツパーラー「千疋屋総本店」(一階)、ピザとパスタの店「サンバレイ」(二階)、イケス料理店「大漁」(二階)の飲食五店舗ほか、銀行、明治記念館インフォメーションコーナー、ウエディングプロモーションサービスなどの施設が入居している。
ジョン万次郎は本紙でもすでに取り上げている話題のビアレストランだが、総面積六〇〇坪、七二〇席という日本最大級の大型店舗で、連日の賑わいをみせている。
この店は宴会対応の運営形態をとっており、中央のメーンホール二二四席に加え、一〇~一〇〇人収容の個室(最新DVカラオケ付)を一六室備える。
料理は日中はランチバイキング一二〇〇円やコース料理二三〇〇~五八〇〇円、夜は刺身大皿料理、ズワイガニ、焼き物、揚げ物各三点盛りなどのバラエティーに富んだコース料理二八〇〇~五八〇〇円(五種=各一二〇〇円で飲み放題)が売りもので、客単価は宴会コースで四五〇〇円。
外商や割安システムの法人会員で集客力を高めているが、この積極的な営業戦略で、大きく来店動機を喚起、目標の月商一億円を軽くクリアしている。
イケス料理、旬の活魚料理を売りものにしている「大漁」は、駅ビル二階での出店で本店が東京・向島にある。
店舗面積一二〇坪、カウンター、テーブル、座敷(個室)合わせ一〇〇席近くの規模で、資金約三億円を投じての開業だ。
店の入り口から長い通廊を歩けば、その奥に大きなイケスがあり、それを囲む形でカウンター席、さらに、窓際にテーブル席が展開するというレイアウトで、外光も多く入るゆったりとした空間だ。
店の看板料理は「ふぐ料理」だという。
「関西では夏場でもよく召し上がります。フグの『コース料理』(一万三〇〇〇円~)を出しているのですが、東京ではほとんどの方が意外という感じですので、もっとフグのことを知って欲しいです」(藤塚三郎支配人)
料理はほかに、会席料理八〇〇〇~一万五〇〇〇円(三種)、鍋料理六〇〇〇円からが主体だが、旬の活魚料理や一品料理五〇〇円からも提供している。
午前11時から午後2時まで、ランチサービスも行っている。ミニ丼メニューのランチ一二〇〇円、弁当二〇〇〇円をはじめ、桶盛ミニ会席三五〇〇円、大漁膳五〇〇〇円など。
客層は法人利用や会食客が主体。客単価は夜の場合で八〇〇〇~一万円。低価格志向時代を反映して、高単価メニューが売れなくなってきているため、この店も苦戦を強いられているが、この4、5月は前年同期比で二〇%強の売上げ増を示した。
「店の高級感と質のいい食材を使った料理、ホスピタリティーのあるサービスが、お客様にいい印象を与え、リピート客が増えた結果だと思っておりますが、正直いって立地の面やイケスでの鮮度管理の問題などで、いろいろと難しい面もあるのです」(藤塚支配人)
日商六〇~七〇万円前後(推計)。営業時間(夜)は午後5時~10時。日曜・祭日は休み。
“中世”の風格現代に伝えて
駅改札口から外に出ると、片面二車線の道路が南北に走る。北は四谷三丁目、南は青山一丁目方向に通じる外苑東通りだ。横断歩道を渡れば即、慶応病院の正面ゲートで、自然と病院に導かれる街並みの構図だ。この病院の北隣に西洋の城壁をイメージさせる地上六階、地下一階建てのビルが展開する。
今年5月に入って完成した「信濃町煉瓦館」で、慶応大学と第一生命の共同事業で建設した住・オフィス・商業の都市施設だ。
外苑東通りに沿って南北約一三〇mに展開するタテ長の建物で、駅ビルに次ぐ地域の大型都市施設としての存在をアピールしている。
このビルは地域の環境や文化性と一体化させて、「“古代と現代”を共生させるイメージ創造」という施設コンセプトに沿って、レンガ積みの西洋の中世の城壁や街並みをイメージ化しており、非日本的な空間を創出している。
地下一階に店舗と駐車場(六〇台)、地上一階が店舗とオフィス、地下二~五階オフィス、六階が住宅(五戸)というフロア構成で、延べ床面積約二九〇〇坪の規模だ。
テナント募集については、住宅三戸を残して契約済みだが、オフィスについていえば、入居条件は賃料が坪二万六〇〇〇円、敷金一二ヵ月で、ポストバブル時代を反映した価格設定となっている。
店舗については、地下一階部分に鮨處「八千代」一店が出店するだけで、他フロアにおいてとくに飲食施設が出店する見通しはない。(第一生命不動産事業部)
八千代は店舗面積約八〇坪、テーブル、座敷合わせ一三〇人収容の大型店で、法人利用や会食客などを主体に、来店動機を高めていく方針。
メニューは、お好み一〇〇~三〇〇円、にぎり・ちらし寿司一一〇〇~二八〇〇円、巻き寿司九〇〇~一三〇〇円ほか、コースメニュー四〇〇〇~八〇〇〇円(四種)、季節メニュー(10~3月)として寄せ鍋コース六〇〇〇、八〇〇〇円などを揃えている。
ファッショナブルな町並み
通りをはさんで煉瓦館の駅寄り正面に二階建ての「信濃町ビル」が建っている。この5月1日にオープンした商業ビルで、一階に「信濃町そば」「寿司満月」、二階に珈琲とケーキの店「青山」の三店の飲食店舗が出店している。
煉瓦館に呼応する形でオープンした商業施設だが、清潔でファッショナブルな雰囲気が、信濃町の“気品”のあるイメージにフィットしているという印象だ。
とくに珈琲とケーキの店の青山は、女性のおしゃれ感覚にマッチした店づくりという感じだ。
青山は大阪・心斎橋に本店があり、大阪を主体に直営方式で五〇店を展開するチェーン企業で、手づくりのケーキ商品で広く知られる。
信濃町店は東京進出の第一号店で、この店での成功を足がかりに、東京地区でのチェーン化も意図しており、今後の成果を期待している。
「うちの売りものはコーヒーと手づくりケーキ。質のよさとサービスでアピールしていきたい。オープンして間もありませんが、女性客を中心に昼間は周辺のサラリーマンにも支持され、集客面においては確かな手応えを感じております」(岸田敏久店長)
平均客単価九〇〇円。売上げは月商一〇〇〇万円以上を目標に立てている。この信濃町ビルの西側三〇mほどのところに、すかいらーくが展開する弁当ショップの「マルコ・デ・ポロ」信濃町店が出店している。
以前別の業態(オープンセサミ)だったのを九二年3月にリニューアルオープンしたもので、地域の弁当需要に対応している。
店舗面積約三四坪、客席数四八席。営業時間午前7時半~午後10時、年中無休の運営形態。人気商品はチキンカツカレー三八〇円、カルビおろしごはん四八〇円、チキン照焼きごはん三八〇円などで、客単価は五四〇円前後。
客層は周辺のOL・サラリーマンをはじめ、中高年女性(創価学会会員)、専門学校生、サッカー(Jリーグ)、プロ野球ファンなどと広角度で、これは一面においては地域の特性を表している顧客層だという。(すかいらーく広報部)
営業実績は明らかでないが、一日一〇回転前後として日商三〇万円前後をキープしているようだ。
マルコ・デ・ポロの西向かいにレストラン「アルプス」、焼肉店「寿苑」、右前に喫茶「ルノアール」などの飲食施設が展開しており、来街者の飲食ニーズを吸引している。
トウシンビル10店舗が展開
駅改札口を北側に出れば正面に「トウシン信濃町駅前ビル」が存在する。二八年前に建った古いビルで地上六階、地下一階の事務所と店舗などが入る雑居ビルだ。
地下一階に関西風うどん・そば「田吾作」、喫茶「ロワッシイ」、大衆料理「かづのや」など、一階にカフェ「BIKA」、大衆割烹「しなのまち山水」、二階に中国料理「桂林」の合わせて一〇店の飲食店舗を出店しており、地域最大の“飲食ゾーン”としての存在をアピールしている。
地下一階の田吾作はビルオープン当初からの出店で、二三坪、二七席の店舗規模だが、中高年層に支持されており、固定客が六、七割を占める。
日高昆布を使っただしが評判で、うどん・そば一六種(六五〇円~一三〇〇円)を提供する。客単価七〇〇円。
二階の中国料理桂林は今年でオープン一一年になる。大阪にも店があるが、東京・信濃町店は立地に恵まれていることもあって、“地域一番店”としての評価を得ている。
店舗面積約一〇〇坪、客席数二二〇席。五目汁そば九〇〇円、五目チャーハン八〇〇円、酢豚一八〇〇円、八宝菜二〇〇〇円など一品料理ほか、コース料理五〇〇〇~二万円も多く揃えるが、やはりポストバブル時代においては客単価は低く夜は五〇〇〇~一万円どまりという状況だ。
このため、昼間のランチサービス時にどう多く客数を取るかという営業策を展開している。三年前から導入している「スペシャルランチバイキング」は、一〇〇〇円でコーヒーが付く食べ放題のシステムで、午前11時から午後1時半までに一日平均三〇〇人を集客するという好成績を上げている。
利用者は店舗周辺のサラリーマン、OLを主体に地域への来街者。夜は法人利用や慶応病院関係者が多く、固定客が六割を占める。
「来店者はさまざまで、法人利用や病院関係者、県人会、学校関係の方々、Jリーグやスポーツ関係者、土・日はフリー客など一つにはくくれない場所です」(沼尻勉店長)
駅改札口の南側は、明治記念館をはじめ、神宮外苑(総合グラウンド)、神宮球場、国立競技場などにアプローチするが、外苑側に飲食店舗は老舗日本料理店の「吉宗」、キリンビール系の「陣屋」、カフェレストラン「森の洋食屋」の三店、南側を即出た位置にカラオケ「カミパレス」があるだけで、場所的にも新規に店舗を出す余地はない。
南側の千日谷坂を下れば、斎場として使われる千日谷堂、さらに、道なりに進めば公明党の本部前に行きつく。
駅の北側に比べ、商業集積はゼロに近いということになるが、しかし、一般来街者やスポーツファン、宗教、政治関係など多様な飲食ニーズがあるということは十分に理解できる。