外食史に残したいロングセラー探訪(36)元祖釜めし春 浅草本店「五目釜めし」
「元祖釜めし春」は、浅草本店の創業が1926年、2号店である上野店も戦後間もなくに開業という、老舗中の老舗。かつて娯楽の中心地であった浅草・上野の街の歴史を見続けてきた店だが、今でも創業のころとほとんど変わらない「釜めし」を食べることができる。郷愁を誘うその味は、幅広い年齢層から支持されている。
◆関東大震災後の炊き出しがきっかけに 「釜めし」のメニュー名を初めて使用
浅草で定食屋を営んでいた初代店主の矢野テル氏は、1923年の関東大震災によって店が焼け出され、上野の山に避難。そこで、各自持ち寄った材料から大釜で炊き込みご飯を作り、炊き出しを行っていたようだ。
そして1926年に店を再興した際に、釜めしを商売にしたいと考えたテル氏は、1人分ずつ提供できるようにと、現在使っている一合炊きの釜の開発を行った。
「この釜を作るために、かなり試行錯誤をしたそうです。特に、ガス台に置いたときに火からの距離が決まるツバの高さにはこだわったと聞いています」と、(株)釜めし春・取締役経理部長・豊田善弘氏。
そして第二次大戦後、「釜めしを出したいので教えてほしい」という周囲の店に作り方を教えたため、釜めし店が浅草に広まった。
「当時の店名は『釜めし』。しかし、会社の登記をする際に、『釜めし』だけでは都合が悪いので、『釜めし春』としたそうです」(豊田氏)。「釜めし」というメニュー名を初めて使った店ということから、店名には“元祖”の文字を加えた。
昭和30年代の浅草全盛期のころには、お正月や連休ともなると、1日400~500食もの注文があったという。
釜めし春の釜めしは、ご飯を炊いた上に調理した具材をのせるのではなく、ほとんどの具材をご飯と一緒に炊き込んでいる。豊田氏によると、「味付けは創業当時からほとんど変わらず、醤油、酒、みりんで作ったたれが基本。具材を一緒に炊き込むことで、それぞれご飯の風味が異なるのが特徴」とのこと。風味の違いを楽しむために、グループ客の場合は、何種類かを注文し、シェアすることを薦めているそうだ。
もちろん、注文が入ってから炊くので、20分ほど時間がかかるが、炊きたてのうまさを堪能できる。
創業当時は、五目釜めしと鳥釜めしの2種類だったようだが、現在はそのほかに、特上、かに、鯛、海老、あさり、しめじの常時8種類と、季節メニュー(松茸、竹の子、かき、栗)がある。以前は貝柱の釜めしもあったのだが、手に入りにくくなったために、代わりにあさり釜めしが登場した。一番人気は五目釜めしで、具材は鳥、エビ、タケノコ、椎茸。約半数のお客が注文をするという。
店での食事が含まれた浅草観光のツアーコースもあるのは、“元祖”ならでは。創業当時から変わらない、どこかホッとする優しく懐かしい味わいを求めて、今日も多くの観光客、地元客が訪れている。
●店舗データ
「元祖釜めし春 浅草本店」/経営=(株)釜めし春/店舗所在地=東京都台東区浅草1-14-9/開業=1926年/客単価=1500円/営業時間=午前11時~午後9時半(LO9時)/店舗数=2
●こだわり食材:コメ
釜めしに使うコメは、新潟産のコシヒカリと、宮城産ササニシキの特選米をブレンドしたもの。味付けをして具材と一緒に炊き込むと水分が出やすいために、食べるときの歯触りのよさを重視してこのブレンドを使用しているそうだ。ただし、年ごとにコメの質が微妙に変わるため、コメ屋と相談しつつブレンドの配合について微調整を行っている。
釜めしを炊く際に、一番気を使うのは、水の量と火加減。長年の経験から調理方法は確立されているのだが、気候やコメの状態によって、特に新米の時期などは水加減を調節することも大切という。