トップの視点:銀座久兵衛・今田洋介主人 にぎり一筋、生涯現役 現場第一、率先垂範

2023.05.01 531号 07面
銀座久兵衛・今田洋介主人

銀座久兵衛・今田洋介主人

今田洋介主人 インタビュー動画(1)

今田洋介主人 インタビュー動画(1)

今田洋介主人 インタビュー動画(2)

今田洋介主人 インタビュー動画(2)

今田洋介主人 インタビュー動画(3)

今田洋介主人 インタビュー動画(3)

 ◆老舗必ずしも名店であらず、のれん永続を胸に60年 魚介ネタ同等に「言葉ネタ」を仕入れる

 1935年創業の「銀座久兵衛」は、日本の食文化を象徴する江戸前すしの名店として、すし文化の発展をリードしてきた。2代目の今田洋介主人(78歳)は、約60年にわたり銀座ですしをにぎり続けてきた風雲児。「にぎり一筋、生涯現役」を理念に、「現場第一、率先垂範」を実践する今田主人に業界の課題や展望を聞いた。(岡安秀一)

 ※文中の「立ち」は、すし職人がお客に対面してすしをにぎる「すし専門店」

 

 ●値付けを改善、魅力を見直す

 –すし業界の現状は?

 今田 全般的には回転すし(以下、回転)の活況に押されて立ちすし(以下、立ち)の経営は厳しい。後継者問題に悩む自営店も多く、打開策を見つけるのが難しいようだ。立ちの値付けは、昔からネタ買い(仕入れ原価)の2倍が相場。対して回転は、スケールメリットを追求した原価2~3割が相場。つまり値付け方式が真逆。それで競い合ったら、立ちが価格で勝てるわけがない。値付け方式を見直すと同時に、もっと立ち本来の魅力を訴求すべきだ。

 –久兵衛の方針は?

 今田 私は銀座で有名な老舗が閉店するのを何度も見てきた。そして「老舗必ずしも名店であらず」を戒めとし、久兵衛のスタイルで「のれんの永続」に努めてきた。一生懸命、楽しく・おいしく・快適な時間を提供する。そうした誠心誠意がなければ、老舗や名店といえど、すぐに廃れてしまう。だから私は老舗や名店というレッテルには惑わされない。一日一日、一組一組、一人一人、お客との絆を強めることに努めている。

 –立ちの魅力は?

 今田 立ち(すし)の魅力は映画と同じだ。ネタは役者、おまかせは脚本、板前は監督。8カンでも10カンでも、それぞれが役割を発揮し、一つのストーリーに仕上げて満足させる。その絶妙なバランスこそ立ち(おまかせ)の魅力だ。一方、好きな単品ネタだけ注文されると、どうしても会計が跳ね上がり、「高かった」という印象が残って興ざめしてしまう。お客の財布を考慮し、その土地柄に見合う「お値打ちなおまかせ」で満足させる経営センスが必要だ。

 

 ●楽しさを演出する対面接客を

 –技術や味の潮流は?

 今田 すしは単純。昔も今も変わらない。鮮度を第一に包丁とにぎりの技術は決まっている。昔、著名なグルメ評論家が「すしは料理ではない」と発言して、すし業界から反発を買ったが、私は正直、一理あると思っている。基本や理念は決まっており、よいネタを仕入れ、最適な大きさに切り、きちんとした技術でにぎれば、間違いなくおいしい。素材の持ち味を生かすことを念頭に、5~10年まじめに修業すれば、誰でも職人レベルの調理技術を習得できる。

 だが、立ちの場合、調理技術だけでは一人前の板前とはいえない。主役はあくまで召し上がるお客。お客に対面して楽しい食事を演出する接客サービスが肝要だ。

 例えば、にぎりを提供する際に旬やネタの小話を添えれば、頭で理解してから実際に食べて味わい、おいしさと情緒が増幅される。これは基本中の基本であり、そうした接客サービスは旬やネタの小話に限らない。主役のお客を立てる世間話も必要だ。それが他業種の料理人との圧倒的な差別化でもある。

 

 ●新聞をよく読み、英語にも注力

 –接客で重要なのは?

 今田 私は常々指導している。「仕入れは魚介ネタだけではない」と。「言葉ネタの仕入れこそ重要だ」とね。立ちの板前は毎日多数のお客と対面し、その日、その客、その時にふさわしい言葉が求められる。お客が求める世間話は多岐にわたるので、快く対応するには、多くの雑学や教養が必要。ひけらかしたり、押し付けがましい言葉はご法度。あくまでさりげなく、お客から聞かれたことに、そつなく応えられる柔軟な言葉が必要だ。

 また、そうした言葉は必ず他のお客の耳にも入る。その連鎖を考慮して、周囲のお客がしらけないよう、凛とした間合いを心掛けるべきだ。

 –言葉のネタもとは?

 今田 私の場合は新聞に尽きる。昔は新聞4紙を毎日読んで情報収集に努めていた。現在も2紙を購読して暇さえあれば隅々まで読んでいる。今はネットや動画の時代だから若者にはピンとこないだろうが、新聞記事の表現力は実に奥深く、自己研さんに大いに役立つ。

 それと、うちの店は外国人客が多いので英語の勉強に注力している。すしはシンプルなので、説明に必要な英語も限られ、その分、着実に上達できる。私は現在も板前として現場に立っているが、仕事の7割は外国人に対する英語説明だ。そうしたコミュニケーションが評価され、口コミで外国人客が増え続けている。現在、銀座本店は約100席あるが、外国人客の予約が増えている分、日本人客の予約が取りにくい状況だ。

 

 ●板前と自店の理念を独自に育む

 –久兵衛のブランド力の秘訣は?

 今田 ブランドは意識していない。店主を継いだときに3店舗あったが、常に板前の管理に追われて、ブランドどころではなかった。昔は店を渡り歩く「流れ板」が多かったので、板前が思うように動かない。だから自ら調理師学校を回って新卒採用を推進。新人に「板前として、やるべきこと、やってはいけないこと」、そして「気配り、言葉づかい、清潔感」を厳しく指導し、久兵衛のスタイルを育て上げてきた。現在7店舗で約60人の板前を抱えている。一方、これまで多くの板前が巣立っており、その者たちが活躍していれば、多少なりとも業界に貢献できていると思う。

 –後進への激励は?

 今田 ここで述べたことは、今やすべて当たり前だが、私が2代目を継いだ約40年前なら異端視された。そのくらい板前気質は固執していた。だから、いま異端視されることも将来は当たり前になるかもしれない。例えば、女性の板前が急増することもありえる。

 いずれにせよ技術と接客の向上は、立ちの板前に求められる永遠の課題。昨日より今日、今日より明日、お客の満足を第一に日々向上に努め、伝統と革新の融合を推進してほしい。

 –ありがとうございました。

 

 ●略歴

 今田洋介(いまだ・ようすけ)=1945年、東京都中央区生まれ。神戸・三宮のすし店で修業後、20歳で「銀座久兵衛」に入り、85年、初代の死去により2代目主人に就任。当時の高級店では普通だった「一見お断り」や「時価」を見直し、「顧客平等」と「明朗会計」を推進し、集客と事業を拡大した。2012年、すし文化への貢献が評価され「現代の名工」(厚生労働省)に選ばれた。趣味は健康維持を兼ねた毎週2回の早朝ゴルフ。

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 経営:(株)久兵衛/屋号=銀座久兵衛/本店所在地=東京都中央区銀座8-7-6/創業=1935年/店舗数=銀座本店、ホテルオークラ、ホテルニューオータニ、帝国ホテル大阪など7店舗/沿革=1926年、秋田県出身の今田壽治が16歳で銀座「美寿志」で修業を開始。25歳で実業家・浅野総一郎らの支援を受け「銀座久兵衛」を出店。後、すしネタに適さないとされたウニを用いた軍艦巻を考案。美食家・北大路魯山人に感化され白身魚に柑橘類を一滴搾る日本料理の手法を江戸前すしに取り込んだ。

 

 ●今田洋介主人 インタビュー動画

 (1)すし業界の現状と課題(収録時間4分39秒)

 (2)「技術と味」継承への思い(収録時間456秒)

 (3)にぎり一筋、生涯現役(収録時間157秒)

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