外食の潮流を読む(126)父子三代でつなぐ「四川飯店」 経営哲学にあるファミリーの愛情

2025.12.01 562号 11面

 「赤坂四川飯店グループ」代表の陳建太郎氏(45歳)にインタビューをする機会を得た。建太郎氏が2014年12月に三代目の代表に就いてから丸10年を経たというタイミングであった。

 同社は、わが国における「四川料理」のパイオニアである。同社を立ち上げたのは、陳建民氏。中国・四川省の出身で、貧しい幼少期を過ごし、中華料理の技術を磨き、さすらいの料理人となり、1952年に日本にやってきた。58年共同出資で「四川飯店」を開業。70年に「赤坂四川飯店グループ」を設立した。

 以来、建民氏は数多くのメディアに登場し、「四川料理」の文化や存在感を知らしめた。

 そして、建民氏の子息、建一氏が二代目となる。「陳建一」といえば、「料理の鉄人」が連想される。番組は93年に始まり99年に終了するが、建一氏は一貫して「中華の鉄人」を務めた。彼の人懐こい立ち居振る舞いは、中華料理を身近な存在にした。現在の代表は、三代目の建太郎氏。21歳で同社に入社し、23歳のときに同社を承継することを初めて意識したという。

 それは、父建一氏が大病を患ったため。建太郎氏の調理技術は未熟な上、当時は直営店が15店舗。たくさんの従業員とその家族が存在して、「強烈なプレッシャーを感じた」という。その後、建一氏は快復する。

 建太郎氏は、四川省に修業に行く機会を得た。3年弱で帰国し、同社の各店舗の現場に入り、スタッフやお客と接することに努めた。その過程で「自信」を感じるようになったという。

 2013年のある日、建太郎氏は父建一氏から相談を受けた。「自分の眼が黒いうちに、ぜひお前に三代目を託したい」と。

 父建一氏が二代目になったのは、初代の建民氏が他界したタイミングであった。当時の建一氏は無名の二代目。そこで、さまざまな思いを経験してきたようだ。

 建一氏は、建太郎氏に「お前にはそのような思いをさせたくはない」「料理も経営も、やればできる。俺には仲間がたくさんいるし、みんなでお前のことをバックアップするから」との言葉をかけたという。

 建太郎氏は「赤坂四川飯店グループ」をより良い形で伝えていきたいと決意して、14年12月同社の代表に就任した。

 34歳で代表に就いた建太郎氏にとって、最初に直面したことは山積する社内的な課題であった。それは「労務管理」。そこで10人のタスクフォースをつくり、解決に向けて動いた。その過程で顕在化したことは、「四川飯店イズム」といった、同社が築き上げてきた独自の企業文化である。

 これらをクレドにまとめ、「菜心是愛」と「低賞感微」をその象徴とした。前者は「料理は愛情」ということ。後者は「腰を低くし、相手を褒め称え、ありがとうの気持ちを伝え、にこやかに笑いかけること」。こうした心がけを意識することが重要だと考えた。

 三代目の建太郎氏の話を聞き、父子で承継してきた企業文化の尊さを感じた。

 ◆ちば・てつゆき=柴田書店「月刊食堂」、商業界「飲食店経営」の元編集長。現在、フードサービス・ジャーナリストとして、取材・執筆・セミナー活動を展開。

購読プランはこちら

非会員の方はこちら

続きを読む

会員の方はこちら

関連ワード: 外食の潮流を読む