この1品が客を呼ぶ:「煮こみ」もつ煮こみ

2003.05.05 268号 19面

戦後の食糧不足時代を背景に、関西地方では昔からよくホルモン料理が食べられていたが、近年は関東のみならず全国的に人気が高くなってきている。福岡でも口コミで話題を呼び、毎夜足繁く通う常連客で満員のモツ料理専門店があるという。大将の人柄しかり、庶民に親しまれるもつ煮こみの味の秘密を探ってみた。

表通りから一本奥の小道に入った住宅街の一角。一見すると、何の変哲もない木造のシンプルな外観からは想像がつかないにぎわいぶりを見せるのが、ホルモンの煮込み専門店「煮こみ」だ。店主の萩原一彦さんは、スタッフや客から“大将”と親しみを込めて呼ばれる存在。料理の道へは脱サラ後、足を踏み入れた。

日本で牛肉が一般に食べられるようになったのは明治の文明開化以後だが、それでも赤身肉を食べるのみで内臓類は捨てられていた。それが戦後の食糧難の時代に煮込みや焼き肉として売られ、造船所の労働者など多くの人の空腹を満たした。萩原さんはそういった少々アンダーグラウンドな煮込み文化の背景に引かれ、モツ鍋などホルモンの食文化が根付いた故郷博多の地で店を始めることを決心する。

「始めたばかりのころは、何が大変かって業者との信頼関係を築くこと、それだけでした。仕入れ先で商品力が決まりますからね」

ホルモンのメッカともいうべき九州ではあるが、佐賀、鹿児島、宮崎など牛肉の生産が盛んな土地でも内臓は扱わない業者が多いことに着目。萩原さんはそこから最良の仕入れ先を獲得した。

「かつて自動車部品メーカーの会社で、生産管理の仕事をしていたんです。分野は違っても、対象が自動車部品から食材へと変わっただけで、物流のプロとしての自信はありました」

開店して最初の一年は客足も少なく、狂牛病問題もかやの外という調子だった経営も、素材と味の良さでもってだんだんと上向きになっていった。今やカウンター上方の壁には、マスコミ関係者などの名刺がズラリ挟んであり、リピーターも多い。

そして店はこの春、三周年を迎えた。萩原さんは真摯な姿勢でこう話す。

「一口目を食べた瞬間にただ感動してもらいたい。これ以上これ以下でもない自慢の料理をずっと作り続けていきたいですね」

店で定番かつ不動の人気を誇るのは「もつ煮こみ」(六〇〇円)だ。初めてそれを食す者はまず、モツのとろけるような軟らかさに驚きを隠せない。

作り方は、まずモツを念入りに水でジャブジャブ洗った後、適度な大きさにぶつ切りにする。そしてあらかじめ、三種類ブレンドした九州の味噌と、ショウガ、ニンニク、みりん、酒を混ぜたものにぶつ切りにしたホルモンを入れグツグツと煮込む。品質と鮮度の高いモツゆえに、時間をかけて煮込む必要はないという。

そして、最後に絹ごし豆腐とネギを入れるだけ。手早い出来上がりも人気の理由だろう。さらにこの店のもつ煮こみの特徴は、基本的にモツと豆腐の水分のみで作るという点だ。その日のモツの状態を見て、水加減を調節することもあることはあるのだが、水を使わなくていいほど、生の状態でのモツが十分軟らかいという証拠なのだ。

さらに栄養面から見てもタンパク質、ビタミンA、B1、B2、鉄分、ミネラルをバランスよく含んでおり、消化吸収がよいので疲労回復にてきめん。低カロリー、低脂肪でもあり、女性にも受け入れられやすい。一度食べたら忘れられない、素材と味の良さという商品力が物をいう逸品だ。

そのほか、メニューには牛ハツやセンマイの刺身、牛テール雑炊など一二種類の内臓料理が並ぶ。あわせて、鹿児島の芋焼酎など大将が厳選したこだわりの焼酎が一三種類。まさに食も会話も進むといったところだろう。

◆「煮こみ」=福岡市中央区平尾一‐一二‐二二、電話092・525・1166/坪数席数=一四坪三〇席/営業時間=午後6時~翌午前2時

◆記者席からのコメント

出来たて熱々のもつ煮こみを一口、口に入れると、プルプルッとしたモツのうまみが口中にとろけ出す。豆腐と同じくらいの軟らかな食感に感動するとともに、ショウガのかすかな香りがさらに食欲を増進させる。

臭みがまるでなく濃厚な味わいの主役に付き物といえば、やはり白ご飯とビールだろう。思わず仕事帰りのサラリーマンや若い女性がカウンターに列し、至福の時を過ごす姿が目に浮かんでくる。幅広い年齢層の客に愛され親しまれる味というのは、まさしく癖になってしまう味なのだろう。

◆こだわりの食材 モツ

見るからにピンク色のつやつやとしたモツは、その日の朝絞めた鹿児島の黒毛和牛を開店直前に業者から直送で仕入れるため、新鮮そのものだ。一頭で一一キログラム取れる牛の腸とハツを一日に三頭分仕入れるのだが、萩原さんは色や大きさを加味した上、今では触っただけでその鮮度がわかるほどだという。

「素材と味、この商品力はどこにも負けないですよ。軟らかく脂ののったホルモンだけを使っていますからね」

それだけ上質のホルモンだからこそ、これだけの量を一日でほぼ使い切ってしまうのも納得がいくというものだ。

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