静かに確実に広がるオーガニック志向の波
外食のトレンドには、近年の「うどん」や「ジンギスカン(ラム肉)」のように、ある日突然のようにブームが始まり、急激に話題が広がっていくものと、さして大きな話題にはならずに、しかし静かに確実に広がっていつしかトレンドの表面に躍り出るという傾向のものとがある。そうした後者の例として、長い間業界の一部では注目を集めていたものの、トレンドの中心になることはなかった「オーガニック」というキーワードが、ここ最近、静かにだが着実に広まっている。
(商業環境研究所所長・入江直之)
ほんの数年前まで、「オーガニック」という言葉は、一部の「食の安全」に特に関心を持つ人々の間だけで使われる言葉であり、一般の人々が外食をしたり、あるいはスーパーで食品を購入したりする際に、その食材が「オーガニック」であることが意識されることは決して多くなかった。しかし、ここ2~3年のあいだに、その状況が少しずつ変化しつつあると言えることは間違いないだろう。
近年、話題の注目店としてメディアに取り上げられる飲食店のうちには、ある一定の割合でオーガニックをテーマにした店舗が必ずといっていいほど含まれている。ネット上で、さまざまなトレンド情報をピックアップしている「シブヤ経済新聞」や「ALL ABOUT」のようなサイトでも、オーガニックをテーマとして取り上げた特集が見られるようになり、検索サイトで「オーガニック」を入力すれば個人の情報発信サイトを含めて、膨大な数のサイトが表示される。
さらに「食関連」の業界誌以外の一般誌や新聞などでも、オーガニックという言葉がしばしば見受けられるのは周知の通りだ。また、昨年4月に第1回が開催されたオーガニックのイベント「オーガニックフェスタin東京」は、昨年の成功を受けて、今年もまた4月に開催された。イベント自体はボランティアスタッフなどを動員した、かなり手づくり感のある運営スタイルだが、ヨーロッパオーガニック協会や何人もの日本の政治家、各界著名料理人など、そうそうたるメンバーが後押しして、“オーガニックの生産者と消費者を結び付ける”というコンセプトの下に開催された展示会であり、今後も引き続き開催が予定されているようだ。
「オーガニック」とは、日本語にすれば「有機」の意味であり、食の世界では決して新しい概念ではない。そうした中で、このようにオーガニックがキーワードとしてクローズアップされつつある背景には、もちろん消費者による食品の安全や安心に対する関心の高まりもあるが、オーガニックという言葉が、以前のように「有機・無農薬」といった機能面で食品を定義するという意味合いから、“癒やし”や“安らぎ”を感じさせる「ライフスタイル」としてとらえられるようになってきたことが大きいと考えられる。
「スローフード」などにも通じるこうしたコンセプトが、若い女性などを中心に「オシャレ」だという感覚で受け入れられるようになりつつあるのである。
◆カフェとビュッフェ形式の店舗で顕著に
では実際に、オーガニックをテーマにした飲食店舗では、どのようなスタイルが人気を集めているのだろうか。
まず、第一に挙げられるのは「カフェ」である。2000年ごろにピークを迎えたカフェブームだが、当時の話題店の多くはすでに閉店しており、業界ではブームは去ったという評価が一般的だ。
しかし、その後も「カフェを開業したい、独立したい」という「カフェ開業予備群」といった人々は増えこそすれ減ることはない。むしろ逆に、ブームが去った現在では、新しく開業するカフェにおいて、当時のような雰囲気重視の業態コンセプトや商品政策のあいまいなカフェではなく、より明確なコンセプトや商品のこだわりをテーマにしたカフェが増えつつある。
中でも、オーガニックを中心に、自然で健康に良い食材を使ったメニューを提供するというコンセプトのカフェは数多い。ある意味で、どのような料理や食べ方も受け入れてしまうカフェというスタイル自体が、ライフスタイルとしてのオーガニックに向いている、という言い方もできるだろう。
オーガニックの食品が、食の安全にこだわるガチガチの自然食主義という位置づけから変化しつつある傾向は、例えば、先日発売されたばかりの女性向け情報誌「HANAKO」の「TOKYO美人食レストラン」という特集に端的に表れている。
この記事のサブタイトル「美肌になる、元気が出る、そして癒やされる111軒!」というコピーは、まさに「若い女性のオシャレなライフスタイル」としてのオーガニックを象徴するものだ。
実際のところ、この記事に掲載されているのはオーガニック食材を使用した飲食店だけではない。中心になっているのは、近年話題になっているナチュラルな素材を使用したレストランやカフェだが、そのほかにも和食店や中華料理店、フレンチなどといったさまざまな業種業態の店が「美人(になる)食」というテーマのもとで取材されているのだ。
現在オーガニックのマーケットを大きく広げているのは、若い女性を中心とした客層が外食に関して求めている、こうした機能なのだ。すでにオーガニックは本来の定義を超えて、ある種のライフスタイルとして認識されつつあると言える。
そして、もうひとつオーガニック系の飲食店として近年急激に増えているのが「ビュッフェ・スタイル」のレストランである。一昔前までは「バイキング」などと呼ばれたこのスタイルは、九州など西日本を中心に地方で生まれ、一昨年あたりから首都圏にも続々と展開されはじめた。そのスタイルを取り入れた大手チェーンの新業態店舗も同様に繁盛店として出店を加速している。
このように、オーガニックはその本来の意味から少しずつ変化を遂げながら、マーケットに広く浸透して来たのだと言えるだろう。
◆オーガニックから「LOHAS」へ
本来、食品におけるオーガニックには「種をまくまでの3年間と栽培から収穫までの期間に、農薬や化学肥料などの化学合成物質を一切使用せず、収穫後も合成化学物質には一切触れさせず保管・輸送されたもの」という厳密な定義が存在する。この定義に沿った食品でなければ、商品としてオーガニックの表示をして販売することはできないし、飲食店でも料理にオーガニックを冠することはできない。こうした定義がキチンと守られているかどうかを調査し、認定をする国際的な専門機関が「オーガニック」の権威を維持しているのだ。
しかし前述したように、わが国においてオーガニックに関する消費者の志向の流れは「健康のため、食の安全・安心のための基準」という意識から、「“癒やし”や“リラクゼーション”へと通じるオシャレなコンセプト」といった位置づけに変化しつつある。こうした流れはオーガニックを一般に広め、マーケットを拡大する後押しをしてはいるが、そうした中には当然、オーガニックというキーワードにそぐわないものも多く含まれてくることになる。
そのような中で、オーガニックに代わる新しいキーワードとして「LOHAS」(ロハス)が注目を集め始めている。LOHASとは日本語で「健康と環境を志向するライフスタイル」と解説される言葉の頭文字を取ったもので、これまでは「エコ」と呼ばれていた環境に関する意識を持った考え方を、もう少し緩やかに拡大したものだ。
LOHASは、従来のエコの考え方も含めながら、それほど厳密には定義せず、自然のもの、環境によいものを衣食住に取り入れていくというコンセプトであり、まさにこれまで述べてきた現在の「オシャレなライフスタイル」としてのオーガニック志向に当てはまるキーワードとなっている。