シェフと60分:麻布長江・オーナーシェフ・長坂松夫氏

1999.11.01 191号 19面

10月初旬。フレンチ、イタリアン、アメリカンなどジャンルの異なる四人の料理人とともに、長坂氏は遠くカナダへと旅立った。旅の目的はズバリ、食材探しだという。

出発を翌日に控え、あわただしく準備に追われる長坂氏に、氏が経営する六本木「麻布長江」で話を聞いた。

「一人で回るとなると、どうしても日数がかかるし、それに視野が狭くなってしまいますからね。でも彼らが一緒なら、五倍、いやそれ以上の効果が上がると思うんですよ」

そもそも彼ら五人は、互いのもつ知識や情報を交換し、刺激し合うことによって、日本の料理界を活性化させようという目的で結成した「テイスト・オブ・ファイブ」のメンバー。今回の旅は「テイスト・オブ・カナダ・ミッション」と題し、初の海外活動を試みることになったのだという。

カナダを選んだ理由は、国土が日本の一二〇倍もあり、州ごとに独自のスタイルをもっているため、バラエティーに富んだ食材に出合えると考えたためだという。

トロントでは、メンバー五人と現地のシェフ五人により、一人一レシピの料理披露会が行われる予定。

「われわれ日本の料理人が世界の食文化に目を向けているように、世界でも日本人が作る料理には注目しているんです。だから発想や味付けなど、お互いにいい刺激を与え合えれば、と思ってます。まあ料理対決というほど大げさなものではないですけど、とても楽しみですね」

長坂氏の言葉は、まさしくテイスト・オブ・ファイブの結成理念に当てはまる。ともすれば閉鎖的な状況に陥りがちな料理界にあって、他ジャンルのエッセンスを取り入れようという柔軟な発想は、驚嘆に値する。

「料理人が活躍する場は、店という狭い空間の中でしかないんです。それでは井の中の蛙(かわず)、いくら腕が確かでも限界があります。もっと外に出て、見識を広めることが大切なのではないでしょうか」

さらに長坂氏は、こう付け加えた。

「料理人の評価は、ひとえにお客さまが満足したかどうかにかかっているんです。そしてお客さまに満足してもらうためには、味はもちろんトータルな面で納得のいくサービスを提供しなければならないんです」

ところで、今回のカナダへの旅は、一二日間にも及ぶという。看板を背負ったトップシェフが、約二週間もの間店を離れてしまって大丈夫なのだろうか。

「もちろん何の問題もありません。いかに優秀なシェフがいても、その人が抜けたら味が落ちるというような店は、はっきり言ってダメです。私は店のスタッフを信頼していますし、むしろ今回のように何かに取り組む私の姿勢を見せた方がいいと思うんです」

そうは言うものの、一二日間も店を離れることに対して、全く不安がないということはないだろう。それでもあえてリスクを負い、チャレンジする姿を見せることが、留守を預かる料理人のため、ひいては店の発展につながるという信念があるのではなかろうか。

また、年齢を重ねるにつれて知識や経験が蓄積される一方、体力は歳とともに低下していく。ならば現場は次第に若手に譲るような体制をつくり、自分は知識と経験を還元すればいい。その上、料理界に刺激を与えるような、そんな仕掛けができたら。

そんな思いが、長坂氏をカナダへと駆り立たせたのだろう。

故郷高松に店を構え、さらに東京へ進出、そして今、広く世界に目を向け始めた長坂氏。

今後も意欲的に新しい発想を取り入れ、新しい味を追求していくという長坂氏だが、もともと麻布長江の中国料理は従来にない斬新な味だといわれている。これは長坂氏が日本人の求める中国料理の“味”を追求した結果だという。

そんな長坂氏が現在認識を新たにしているものに、火と野菜がある。

「中国料理の多くは、強火で手早く作るものが多いのですが、例えば弱火でじっくり焼き上げて、肉汁たっぷりの柔らかい料理があってもいいんじゃないかと。野菜でも必要以上の味付けはしないで、もっと素材の持ち味を生かした料理が作りたいんです」

ジャンルの異なる料理人たちとグループを結成し、別の視点から料理を見つめ直そうという柔軟な発想。海外の料理人との交流を図り、調理法や味付けを学ぶとともに、新しい食材を積極的に取り入れようという姿勢。

カナダから帰ってきた長坂氏は、きっと料理界に新しい風を吹き込んでくれることだろう。そしていったい、どんな料理を提供してくれるのか、今から楽しみで仕方がない。

◆プロフィル

昭和24年愛知県豊田市生まれ。香川県高松市で育つ。三三歳のときに故郷高松市に「中国菜館・長江」をオープンし、さらに姉妹店「シーサイドチャイナ長江」を開店。平成9年には東京・麻布に「麻布長江」をオープン。東京進出を果たす。

多忙な業務のかたわら、イタリアンやフレンチなど、ジャンルの異なるシェフら五人で結成した私的グループ「テイスト・オブ・ファイブ」のメンバーに名を連らね、あらゆる料理の研究に精を出す。

「いわゆる古典料理にはとらわれたくない。食材や調理法など、いいもの、新しいものを積極的に取り入れていきます」と語る。

文   高野万紀

カメラ 岡安秀一

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