シェフと60分:ホテル西洋銀座シェフソムリエ・田崎真也氏

1998.02.16 146号 9面

二〇年前にはソムリエという仕事は確立していなかった。それがバブル絶頂期に入り、急速にソムリエの需要が高まった。崩壊後は下降の一途をたどったことは周知の通り。この時期、ソムリエには何が求められているのだろうか。

「一軒の店の中では役割分担があり、料理を作る人、運ぶ人、数字を管理する人などがいる。その中の飲み物を管理しているのがソムリエ」

これは、あくまでも内部的なことであって、お客にとっては水を出す人、灰皿を換える人も同じ店のサービスする人。この認識を明確にしないと店内のセクショナリズムが強くなり「妙にワインを勉強し、評論家振る傾向になる」と、最近のソムリエ評論家出現を危惧する。

「日本のソムリエは幸せです。ワインの買い付けが任されていますから」。バブル期には、客層に合わせたものでなく、自己満足のためどんどん買い付けられた。「なぜこの店にこんなワインが置いてあるのだろう」と思うこと数知れず、その上、数をそろえていることを自慢する風潮にあった。

「ワインは原材料という意識から、オーナーもうるさく言わなかったからです」

状況は変わり、ワインをそろえておけば良かった時代から、安いストックの中でサービス員の一員として、「どうお客を獲得していくかが今、求められるソムリエ像。ワインを知っているより、一人でも多くのファンとなるお客をつけるかです」。

店があってのソムリエ。経営感覚も要求されてきている。

世界のソムリエ田崎としてヨーロッパ、アメリカ、オーストラリア、東南アなど海外へ行くチャンスが増え、「世界のワイン事情が大きく変わった」ことを実感したという。

ヨーロッパの主要ワイン生産国であるフランス、スペイン、イタリアなどでは、今までのような安いワインのガブ飲みから、時々おいしいワインを楽しむ方向に変わってきた。また、料理との相性うんぬんには今一つだが、日本を含めた東南アジアでは、健康志向から急速な消費量の伸びを見せている。

国により変化の仕方は異なるが「日本は、世界でも珍しく上質のワインがそろっている国。ただ健康に良い飲料として飲まれているのが淋しい。もっと楽しんで飲んで欲しい」というのがソムリエとしての本音。

こうした傾向は、日本人の食に対する構えに関係があるのかもしれない。どうしても健康維持とか栄養摂取など生きるために食事があり、その延長にワインが存在する。外食でさえも「まだ生きるためにご飯を食べる」感が強い。

国民性の違いもあるだろう。フランス、イタリアでは、パーティーで人が集まると五分もたたないうちにおしゃべりが始まり、歌も飛び出すほど。そこにおいしいワイン、料理があれば「余計な講釈はいりません」。みんなを取り込んでワイワイ楽しんでしまう。

健康志向の強いアメリカもワイン消費量が伸びているが、料理大好き人間の田崎にとり「料理が自由で、おもしろい国」として注目する。

移民の国アメリカは、世界各国の料理を取り入れている土壌を持ち、新しいアメリカンスタイルの料理に作り替えている。そこに各国のワインが自然に溶け込んでいるが、最近では「ガブ飲みから料理との相性を楽しむ」傾向が強くなってきたとか。

日本でも今後、こうした食材の交流とともにワインのボーダーレス化は必然。ますます密接になる料理とワインの関係を、どう結びつけていくかが食事を楽しくさせる鍵になるのかもしれない。

田崎流経営法は、レストランで「料理がおいしいのは当たり前。またリーズナブル価格でクオリティーが高いのも絶対条件」だ。

料理の原価を落とさず利益を上げるには、何に力を入れるか、それにはワインなどの飲み物が不可欠という。ヨーロッパ、アメリカの料理とワインをつぶさに見てきて得た結論である。

他店に勝つには、基本の料理にある程度の原価をかけなければならない。「お客が分かってくればくるほどかけなくてはいけません」。

今はイタリアンブーム。居酒屋の低価格メニューでさえ手がかけられているのに比べ、イタリア料理が実に簡単なメニューで人気を得ている。こうした現状に、「原価をかけず安易な発想で儲けようとしたら、いずれ潰れてしまう」と警告する。

どちらかのレストランを選ぶ場合、基準になるのはサービスという。

「内装は一~二回で飽きてしまいます」

その店がはやるかはやらないかは、シェフが表に出てくれば良いというものではない。表で働くサービススタッフが店のファンをどう増やしていくかに掛かっているというのが持論。

それだけに、サービスの総指揮者は誰かを明確にする必要がある。

料理は料理、サービスはサービスに分かれていてはどうしてもセクショナリズムが強くなる。そのため本来は、お客の意向を伝えるべきウエーターがコックのメッセンジャーになってしまうことが多々ある。

指揮者は、サービスをすべて把握し、厨房も含めてトップに立つのが良い。

「最近は、オーナーシェフも店が繁栄していくにはサービスが重要だと気付きはじめてきた」と見る。こうした店では、いきおい教育にも熱が入る。

「サービスの総指揮者が、お得意さんが来たからと、すぐに調理場に入りフライパンを握ったのでは、良い料理長にはなれません」

レストランは、基本的にホストがゲストをもてなす場であり、これをアシストするのが料理長でありソムリエ、ウエーターである。これに徹すれば、ソムリエも出しゃばってワインの説明をしすぎることもないというが、どうだろうか。

文   上田喜子

カメラ 岡安秀一

・所在地/東京都中央区銀座1-11-2

・電話/03・3535・1120

一九五八年、東京生まれ。漠然とサービスの仕事を頭に描きながら、何でも見てやろうと渡仏したのが一九歳。三ヵ月後、寝る間も惜しんで働き得た資金を手に、再度渡って約三年滞在する。

この間、寿美子夫人を知り得て結婚。帰国後、本格的ソムリエを目指しフランス料理「ベルフランス」や日本料理「吉左右」(きっそう)に勤務後、現職に至る。一九九五年、念願の世界最優秀ソムリエコンクールに日本人初の優勝を勝ち取る。

チャンピオン獲得後は、公私ともに忙しい身となり、かつてはウイスキーで三本、ワインなら五本は空けた大酒豪も、明日の仕事のために酒量を控える日々。飲み方は変わるが、ひと仕事終え、気のあった仲間たちと料理や酒を友におしゃべりを楽しんだり、新しい創作に夢をはせている。

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