榊真一郎のトレンドピックアップ:「フォアグラ大根」の話

1998.07.06 155号 14面

ブレーク(Break)を直訳すると「割れる・壊れる」という意味になりますが、最近、新人歌手や新規出店の店などが大化けして人気が出ることを、「ブレークする」と表現することが多くなっています。殻に入っていた何かが殻を破って出てくる、というイメージからそういわれるのでしょう。

外食の世界でも、あるコンセプトや商品が突然ブレークすることがあります。一昔前のハンバーグ。最近では窯焼きピザ。人気が出る前からあったはずで、取りたてて珍しいわけではないのに、何らかの理由で一挙にバッと広がる。ブレークです。

今回は、「ブレークのヒント」の観点から、最近気になる商品を考察してみたいと思います。お題は「フォアグラ大根」です。

和食にだって合う赤ワイン

「小田島」という創作料理をベースにした割烹料理店が渋谷にあります。季節料理とワイン、という東京も城南地区らしいとがったコンセプトで、知る人ぞ知る店なのですが、ここの名物料理がフォアグラ大根。上質のフォアグラを植物油でソテーして、それをだし汁の中でジックリと煮た大根と炊き合わせ、共にして提供するというもの。

和食でワインといえば端から白、と思う私たちに、いやいや、フランスのエスプリ香る和食を作れば赤も十分楽しめるでしょうと、それはそれは冗舌に語りかけてくるのがわかる逸品です。

和食惣菜の定番に「ぶり大根」という料理があります。大根という素直な食材が、ブリのうまみを吸い込むことで大根であることを一旦辞めて、ブリ大根という新しい素材に生まれ変わる、というそのメタモルフォーゼを楽しむ、正しく和食的な料理なのですが、そのおいしさは当たり前すぎて、飛んで行きたくなるほどぜいたくかというと、今ひとつ華やぎに欠ける。

ちょうど野に咲くレンゲを摘んで、牛乳瓶に差して窓辺に飾ったような料理で、そうした日常に大枚を払う人はいないですわ。

濃厚な刺激を求める日本人

フォアグラ大根は、この料理のブリの部分をぜいたくなフォアグラに替えた。つまり牛乳瓶はそのままにそれに刺す花をレンゲからバラに替えたもの(そういえば分かりやすいですか)。大根に大根じゃないんだ、と思い込ませるじゅ文が、魚から丘の動物の肝に変わっただけで、どれほど大根が「今様」になるか、体験するだに、感動します。

同時に、海産物の比較的穏やかな刺激を好む国民だった私たち日本人の舌が、もっと直接的でもっと濃厚な刺激を求めるようになってしまった。それはもう後戻りできない程までに……ということが分かって、がく然とするのです。

もっと驚くことに、この商品が店を飛び出し、独り歩きしはじめている。ここのと寸分違わず再現する店もあれば、新解釈を加えて独自のものにして新たな名物料理を作ることに成功した店もある。

どん欲においしさ追求する

例えば、銀座に「治作」という居酒屋風の割烹があって、ここはフォアグラのソテーを焼きナスの上にのせ、にぎりずしのようにしたものを前菜として提供し、評判を得ています。トロの脂分はおいしいに決まっているけれど、フォアグラならばもっとこってりしていて、きっと今の人たちに受けるに違いない、という仮定の下に作られた周到な一品なのです。

好奇心を持つということはどれほど素晴らしいことでしょう。このままでも十分おいしいのだけれど、その料理の一番おいしい部分をもっとおいしいものに置き換えて、もっとおいしくすることはできないだろうか、と思うどん欲な気持ちが「ブレークな商品を作り出すエネルギー」なんだナ、と実感します。

※「小田島」=東京都渋谷 区神泉町10-10、文山神 泉ビル1F、電話03・5489 ・5151

※「銀座 治作」=東京都 中央区銀座8-12-15、全国燃料会館B1、電話03・3542・5877

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