料理人推奨の店 中国料理「麻布 長江」 激戦地で王道に挑戦

1998.07.20 156号 12面

情報がすさまじい勢いで飛び交う時代背景から料理人もフランス料理、中国料理などとそれぞれの文化を守っていたのでは間に合わなくなってきた。必然的に自らの料理を縦糸に、横糸として異業種料理人とのつながりを求める動きが活発化してくる。そこで、四国・高松から昨年、東京・麻布に進出した中国料理「麻布 長江」の長坂松夫オーナーシェフを、旧交あるフランス料理「オーベルジュ・ド・スズキ」の鈴木喜代司オーナーシェフが訪ね、出店の経緯、今後の方針などを聞いてみた。

訪ねる人・鈴木喜代司さん

(すずき・きよし)=フランス料理「オーベルジュ・ド・スズキ」オーナーシェフ(東京都世田谷区成城二‐二二‐八、Tel03・3417・9119)

昭和22年、東京生まれ。両親のすすめで阪急・六甲山ホテルへ料理人修業に出る。五年後、あこがれのフランスに渡り日本大使館、「シェ・マキシム」「ラ・セール」「フォーション」などで腕を磨く。九年の歳月を経て帰国後、「オランジェリー・ド・パリ」の総料理長を務め、三九歳で東京・成城に独立店舗を構える。現在、店舗経営の傍ら、若手シェフの会などで後進育成に当たる。

迎える人・長坂松夫さん

(ながさか・まつお)=中国料理「麻布 長江」オーナーシェフ(東京都港区西麻布一‐一三‐一四、Tel03・3796・7836)

昭和24年、愛知県豊田市生まれ。都ホテル「近鉄四川飯店」、御殿場市「名鉄菜館」で修業の後、二二歳で高松グランドホテル「鳳凰」の料理長に就任。三三歳で退任、高松市「中国菜館 長江」を独立開店。以後姉妹店「シーサイドチャイナ 長江」などを開店。昨年、「麻布 長江」を引っ提げて東京進出。一方で地元高校、四国新聞社、四国電力の中国料理講師としても活動。

鈴木 私がかつて神戸の六甲山ホテルに入社した時、先輩は高松グランドホテルの料理長だった人であり、中華の料理長が長坂さんでした。そうした関係で人を介して長坂さんとお会いしたんですが、とにかく第一印象は強烈。やってやるぞーという気迫をひしひしと感じました。

その後もフレンチの仲間と一緒にお付き合いしています。人の面倒見も良いし、付き合い方に気持が入っています。

長坂 私はどちらかといえば中華の知り合いが少なくフレンチのほうが多いですね。中華では先輩後輩のつながりが強く、思ったことは言っておこうというタイプの私を嫌う人が多いようです。

私は友達作りは短期間でやりたいと思っています。二〇年付き合っているから良い友達とは言い切れないし、ハートを割って話し合うことのほうが大事。鈴木さんとはそういう間柄でやってきました。

鈴木さんが「オランジェリー・ド・パリ」という華やかな場にいながらおごらず、地方にいる先輩もきちんとたてている姿を見て「この人は仕事がよくできる人」と感じました。

おごった態度をとる人のところへ食べに行くとやっぱりおいしくない。ホテルというステータスの中でやっている料理長が立派、と思い込んでいる、ばかな料理長がたくさんいる。鈴木さんからはそれが感じられませんでした。

屋台も立派な中国の食文化

鈴木 激戦地の東京、しかも麻布にクラシックなものと新しいものが混ざり合った店を出店され、正直いってすごいと思いました。来てみてさっそくヒントをいただきましたよ。東京中探してもないと思う一つに、卵に山芋をすり下ろして炒めたものがあります。うちではセルクに流し、肉とか魚介類を入れて突き合わせに使っています。

長坂 王道といわれる中国の歴史をもってきた店は多い。前菜にピータン、クラゲ、アワビなどスタンダードなものをどこの店へ行っても置いてある。中国の文化はそんなに簡単なものではなく奥深い。一部の良いところを日本に導入し、中国文化といっているのに疑問を感じます。実際、フカヒレなんて食べたこともない人がたくさんいる。何回となく中国へ行っては発見する下町などで食べられている屋台料理などもうちでは取り入れています。

新中国料理といわれているようですが、もっと肩の力を抜いて、何だろうと食べたものがこの店の中国料理であったぐらいにとらえてもらえたらと思う。

流通が世界の食文化を変える一つの要因とすれば、東京には世界中のものが集中してきている。こうした時代には当然に変わらなくてはおかしい。それなのに王道というタガで締め、広げていけないというのは一種の罪悪とも思う。

自由奔放に作っている私にいろいろ意見をする人もいます。東京ではまだ一年生、いちおうフカヒレを作っていますと言ってはいますが。(笑)

フレンチ、イタリアンからヒント

鈴木 こうした料理を打ち出されたきっかけは。

長坂 もともとは高松に店を出していたんですが、あの暖かいところでは四川料理は無理だったんです。四川料理は川魚を得意とするが、コイを煮て出したところ残されてしまう。いろいろ味を変えても同じこと。そこで思い切って淡水魚を海の魚に替えたら全部食べてもらえました。

また四川風の辛みのきいた味は人気がなく、位置的に上海、広州に近い味が合うのではないかと作ってみたところ意外に受ける。フレンチ、イタリアンが好きで食べ歩いて得たヒントも加え「お客が何を喜ぶか試行錯誤で新作を作る」。

お客が喜ぶと、単純なものですから中国料理という意識も忘れどんどん作りました。その結果を東京で出しており、こちらでは新作は一品も作っていませんね。

鈴木 さらりと言ってのけるところがすごい。(笑)

長坂 食べ物は脳味噌でおいしいと思わせるのも一つのテーマ。雰囲気ももちろんだが、食材もフカヒレであろうと何であろうといいんではないかと。

今日作った料理の一つは北京ダックの皮でサザエ、クワイを刻みコチュジャンであえたものを挟み、お焼き風に焼いたものです。

鈴木 パッと見て中国料理っぽくないし、こだわっていない。もともとが中国料理だけにおもしろい。

私もごま油を使い和風っぽいものにしようか、中華風にしようかと母親のように考えます。

長坂 それには鈴木さんは基本にフレンチがあり、私は中国料理がある。中国料理を食べるのに前菜が七~八品あれば、そのうちの何品かに「遊びとして」和風っぽいものを入れ、トータルでは中国料理に仕上げる。これのバランスでしょうか。うちは遊びが多いため新中国料理といわれているのかもしれません。

鈴木 店にはいろいろな客が来ますが、プロが来ると調理場はごったがえします。特に満席の時に来られると(笑)。やはりプロにはこれよりこっちを食べさせたい、これは出したくないとかありますから。

長坂 素人受けする料理とプロ向けの料理がありますね。

鈴木 あー、こういうのを出しているの、といわれるのが嫌(笑)。素人がおいしいというのはどうしても万人受けしたものになる。プロにはひねったもの、どうやって火を入れたのというものを出さないと受けない。

長坂 私はプロが来るとはぐらかす。デザートのムース系ではフレンチの二〇年、三〇年やってきた人には勝てない。中国料理ではたかが知れている。それにはごま団子でかわすんです。一般の人にはごまプリンで出すと「ワー、洋食みたい」と喜ぶが、プロは何だこれはということになる。中国の菓子だとおいしいと喜んで食べている。

鈴木 素直な気持ちでおいしいと思いますね。それを食べに来ているから。ただ悲しいかなわれわれの職業病でしょうか、家族と一緒に食事に出掛けても、盛り付けをじっと見たり……。(笑)

長坂 席数を数えたり、トイレに行く時、厨房をのぞいたり、嫌ですね。(笑)

メニューもおまかせは注文しません。古典的四川料理だったら辛いものを二~三品、新作ものを一つ。あとはメニューを置いといてください、と料理が出てくるまでメニューを見ている。あんた、素人さんではないでしょう!って言われそう。(笑)

地方人の“腕”証明できれば

鈴木 それにしても四国でやっていたことをそのまま東京でやって、これだけの客を入れてらっしゃる。

長坂 出た当初は名前の通り長坂マツオで待つんだと(笑)待ったが、お客が来ない時期がありました。

確かに東京には良い店、良い腕を持った者が集まっているが、地方でも良い腕を持った料理人が一生懸命頑張っている。ここが成功すれば四国で二十何年やってきたことが通用した証拠。今後も地方といいながら麻布でアグラをかいた料理を作らないよう、さまざまな挑戦をしていきたいですね。

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