忘れられぬ味(15)高瀬物産・榎本茂夫会長「心で味わったフォアグラ」

長く人生を食品業界一筋で通してきた関係で、一口に忘れられぬ味といわれても、はたと困ってしまう。その時代その世相で、あれもこれもと思い出されるからだ。私は酒も煙草もたしなまないので、その分だけ食には貪欲であったと思うし、今でもそうだ。しかし、そんな中でも、人と人との触れ合い、もてなしの心をしみじみと感じ、忘れ得ぬ味覚となったものがある。

もう何年前になろうか、高度経済成長期のはしりの頃、世界の各国は日本への食糧輸出に躍起となっていたとき、フランスのソペクサが主催してフランスの食品視察ツアーを行ったことがある。私もメンバーの一人として同行させてもらい、キャビア・トリュフと並んで三大珍味とされるフォアグラのメーカーであるル・ジェ社を訪問したときのことである。

ル・ジェ社は確かフォションのPBやフオートナムメイスンのPBなどヨーロッパの著名な食料品店のPBを一手に引き受けているフォアグラの専業メーカーであるが、当時すでにオーナーのご主人が亡くなっており、奥さんを中心としてご子息の方々が、それぞれ営業、製造、原料のガチョウの飼育などを分担しておったと記憶する。私達が訪ねた時はちょうど昼も間近の時だったから一通り見学させてもらって昼食の馳走にあずかることとなった。

そのときのファミリーの心からなるもてなしが忘れられない。フォアグラの肥育や製造工程などの説明はもとよりながら、奥さんが自ら一人ひとりの皿にフォアグラのメニューを盛って歩き、一つひとつ丁寧に説明をしてくれるのである。フォアグラなんてそんなにムシャムシャと食するものではないが、本当に旨いと思った。そのとき、ふと脳裏をかすめたのは、美味とはもてなしの真心が本当に伝わるかどうかの一点にあるのではということである。

フランスに限らず、それからも欧米を幾度となく訪ねる機会はあったが、当時一般的には今成金の敗戦国、島国日本人となれば、あからさまに蔑む風潮があった。

しかし、フランスだけは実に寛大だったし、まるで真の友人として接してくれたように思う。ル・ジェ社のフォアグラはその真骨頂として今も記憶にいきいきと甦ってくる。

余談ではあるが、帰国後「現代用語の基礎知識」をたまたまめくって、フォアグラの頁を読んだら、「ガチョウに特殊な飼料を与え、肝臓を肥大させて云々…」とあったが、あれは間違いで、ともかく普通の飼料をシャニムニ棒で押しこんで肥大させるのが正しかった。

(高瀬物産(株)会長)

日本食糧新聞の第8656号(2000年3月1日付)の紙面

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