山もいろいろ:海に近い山
日本の山は海に近い。どこから入山しても最低二日がかりでやっと頂上に立つことのできる標高三〇四七メートルの「塩見岳」という山がある。晴れた日には海まで見渡せるというのが、その名前の由来だとか。赤石山脈の真ん中にある山でさえ、海にちなんだ名前がついているくらい近い。それだから日本の山は気候、植生、生い立ちが複雑で面白い。それを凝縮して見せてくれるのが、日本列島の周りの島にそびえる山々だ。
北の果て利尻岳は一七二一メートル、南の屋久島宮之浦岳は九州最高峰といっても一九三五メートルしかなく、佐渡島の金北山は一一七二メートルと、日本全体でいえば中級山岳から低山の範疇に入る高さしかない。しかし、海面から直接そびえ立っている島の山は、自然環境の影響をもろに受けてそれぞれ特別な雰囲気を持っている。
利尻山や花の島と呼ばれる礼文島のお花畑は、冬の厳しさの裏返しだ。佐渡島で金北山からドンデン山へ歩くと、カタクリの絨毯の横に、本来まっすぐ伸びるはずなのに、まるで盆栽の松のように曲がりくねっている杉の木があり、季節風の凄まじさと、低山には似合わぬ積雪の多さを想像させる。
とくに面白いのが屋久島だ。二〇〇〇メートルに満たない標高でありながら、痩せた土地柄、“ひと月に三五日雨が降る”といわれる異常な降雨量と風、頂上付近は冬になれば雪も降るという複雑な自然環境の影響で、日本列島を縦にしたような植生の高度変化が見られるのだ。
熱帯ジャングルを彷彿とさせるこの島が北限のガジュマルやアコウ。大木にからみついて最後には枯れさせてしまう締め殺しの木といわれる木が立つ海岸地帯。縄文杉がある中間地帯の白谷雲水峡は杉と苔やシダが密生する緑の世界。もう少し高い花之江河湿原には小さな小さなコケスミレが咲いている。杉が何千年も生きて巨大になる一方、コケスミレやイッスンキンカのように矮小化した固有種も多いという。大きいのも小さいのも自然環境の厳しさ故というのが実に不思議だ。その上はシャクナゲが咲く高原地帯を過ぎて岩がゴツゴツしたアルプス的景観の山頂へと到達する。
自分で書いていながらワクワクしてしまう豊かさだ。自然の恵みいっぱいのこういう山歩きをしていたら、きっと長生きするに違いないだろう。
((社)日本山岳ガイド協会公認ガイド 石井明彦)