めざせ百歳!こだわりの食:アートフラワー創始者料理家・飯田深雪さん(99歳)

2003.06.10 94号 12面

アートフラワー創始者で料理家の飯田深雪さん。家庭料理・女性教育・テーブルコーディネート普及の第一人者でもあり、白寿を迎えたいまなお、急激な国際化時代に即応したマナーや教養セミナーを開催し、料理の教壇にも立つ。美しく聡明な話しぶりは祈りと感謝が満ち満ち、99歳にして将来の夢と希望を次々と語られる。幼少期から現在までの暮らしぶりや思いなどをうかがった。

母は三歳半の時亡くなって、私は継母に育てられました。まだ誰も洋服など着ていない時代、彼女は私に英国エジンバラから取り寄せた、青いタータンチェックの服や青くて薄い縮緬(ちりめん)の服を着せてくれました。着るものは洋服、食べるものも洋食、そういう意味では戦後生まれの方たちと変わらぬ環境で育ったのですよ、私は。

結婚後、夫の赴任先の海外で暮らしました。航空便がなく、ロンドンまで五五日間、シカゴまで一カ月かかる時代でした。戦争勃発の時は英領インドにいて、敗戦後はいきなり「明日帰国せよ」と言われ中立国に預けた荷物まで全て没収されました。親の全遺産で建てた家屋も空襲ですべて焼失してしまって。戦後はひどいインフレで、ピアノ一台分のお金で、サバ一匹も買えなくなったんです。

そんな頼れるものを何もかも失った時にはね、祈ることです。私はこれまでの人生、祈るってことにどんなにか救われたか、それはもう不思議なくらいよ。

五〇歳くらいの時、失明を宣告されました。途方に暮れながら帰り道、真剣にお祈りしました。やがて頭を上げた時にある考えが浮かんだの。私はそれまで心配ばかりで何の手当もしなかったと。お医者様の言葉を思い出し、土鍋にホウ酸とお湯を入れて混ぜ、ガーゼに取って目を温めたんです。汗をぐっしょりかくぐらい、それは必死でね。すると翌日、先生が驚かれるほど回復し、じきに治ってしまったの。

神経痛もそのように治しました。幼い頃から病弱で、神経痛がひどく、痛みを『ケロリン』でまぎらわせてはやっと教室に立ちテレビに出たりしていた。でも、いよいよ歩けないほどになって。自分の食生活を振り返り、苦手な酸っぱいレモンの絞り汁を鼻をつまんでぐいっと飲んでみたの。すると翌朝、足が軽くて、飛び上がるほどに嬉しくて。血液が流れたのでしょうか。以来、毎日欠かさずレモン汁を飲みました。最近はもう飲みませんが、痛むところはないですよ。

あと四カ月で満一〇〇歳ですが、いまが一番健康ですね。

幼い頃から絵が得意で、花が大好きでした。いまもこうして好きな道でお仕事をさせていただけることに大変感謝しています。料理を教えて五五年、古い生徒さんがいまでも離れず通って下さるの。ありがたいわね。人に喜ばれるということが、どんな栄誉をいただくより何より最高の喜びです。作った花を見て喜んで下さる人、講義を喜んで聞いて下さる人、その存在によって、「胸ふくるる」思いが満ちて、明日を生きる力をいただくんです。

年を取れば取るほどいろいろなことに気づいて、よりよく料理を教えることができるようになってまいりました。だから年を取ったことに感謝しています。フランスから三ツ星シェフのムッシュ・ロブションをお呼びして講義していただくでしょう。良い案だなぁと思ったら、まず自分で試してみる。そして直すところを直して、皆さんにお教えするの。日本人は「これが本物」と異国のものを土地の人と同じように食べますけれど、日本は湿気の多い島国です。乾燥の激しい大陸の国のレシピで作って食べたら、身体を壊しますよ。うわべだけマネせず、深く掘り下げて取り入れるべきね。

いまでも学ぶことはいっぱい、そして若い方にお伝えしたいことはいっぱいです。

ある年のクリスマスに、生徒たちへ、恵まれない子供たちのために募金を呼びかけたことがありました。相馬雪香さん(難民を助ける会会長)が以前「一億二〇〇〇万人の日本人一人ひとりから一円ずつ集めたら、一億二〇〇〇万円集まる」とおっしゃったのを例に挙げて、募金箱を回したんですが、箱を開けて、もうがっかり。私が出した一万円以外は、軽ーいアルミばかり。例え話のつもりでしたのよ。自分には高い月謝を払えるほどぜいたくにお暮らしなのに、人に与える心は持てない。これは日本人皆、考え直さなければね。

イギリスの上流の方のお茶会に招かれると、必ず募金箱が置いてあって、お客は皆そこに寄付して帰ります。そのお金はクリスマスの時にまとめて施設へ寄付されるの。戦後の日本人には、礼儀・行儀についてもっと正しい教育が必要です。

朝は5時半に目覚めて、二時間ほど聖書を読みます。8時に朝食を食べ、それから仕事。スケジュールは分刻み、4月の休みは一日だけでした。

ここ最近、朝ご飯は「卵のおとしやき」。半熟程度に焼いた卵をアツアツに温めたお皿に盛って、炊き立てのご飯を少し添えて、おしょうゆをちょっとかけていただくの。でも私のように明治から生きている人間には、いまの卵はどれもおいしくないのね。昔は鶏は放し飼いで、鶏自身が食べたいものを拾って食べる、だからいい卵が産めたの。将来年を取って全く用をしなくなったら…あ、もう十分年は取っているかしら(笑)…でもいつかね、どこか日本の南のほうに小さな家でも借りて、鶏を飼って卵を産ませて暮らそうかと思っているの。

夕べ読んだ新聞には嬉しい記事がありました。東海大学の教授が口腔衛生に役立つ乳酸菌入りの食品を開発したという。これは価値ある研究よ。健康に暮らすには口の衛生が大事。

私は三〇年前から総入れ歯でね。私のように歯の悪い人、入れ歯の人、年を取った人は、口の中を清潔に保たないといろんな病気をすることになるのよ。だって多くのばい菌は、口から入るんですもの。いいお話と思っていたら、不思議なことに今朝たまたまその食品のサンプルをいただきましたの! スッキリしておいしかったです。本当にありがたい研究。食品の新開発には期待していますよ。

◆プロフィル

1903年10月9日、新潟県生まれ。医師で芸術に造詣が深く食道楽の父のもとに育ち、幼少より花の絵を好む。結婚後、外交官の夫と欧米・インドなどで暮らす。独自の芸術的な造花・アートフラワーを創案し、広める。グレース王妃主催のモナコ展、シラク市長(現仏大統領)主催のパリ展など、世界各地でアートフラワーの展示会を開催。料理家としても活躍し、料理と花、2つの道で、日本政府より勲五等宝冠章、仏政府より芸術文化勲章など多数受章。著書『百歳 人生の贈りもの』など131冊。

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