自由時間術:夏の冒険中国5000メートルの山旅
大人世代、熟年世代にとっても「夏」は冒険の季節だ。いくつになってもその扉を開ける力を持っている人は、若々しい。中高年と女性の山の会『遠足倶楽部』のメンバーから投稿された、このひと夏の冒険記を紹介したい。(文章=河野美智子さん)
中国は四川省の五〇〇〇メートル峰、大姑娘山の山旅に私が参加した理由は、その土地に咲くという幻の花、ブルーポピーが見たかったからだ。私は次の誕生日で七〇歳を迎える。この旅は、私の六〇代の最後にして、人生最大の冒険だ。
「ゆっくり歩くことを中国語で漫漫走(マンマンゾウ)という」と現地のガイドさんに教えられた通り、とにかくバテて仲間に迷惑をかけないようにゆっくり歩いた。日本で見るヤマハハコ、リンドウ、フウロウ、つるニンジン、ウメバチ草に似た花が素朴に咲く。ソバナに似たブルーの花はワルターの小さなランプのようで、ため息が出る。斜面いっぱいに咲き乱れる花を踏んで「ゴメンネ」とつぶやきながら歩く。
テントで使う私たちの生活用具や同行してくれる現地人のコックさんの料理道具を運ぶのに馬が七頭、荷物を乗せて悠然と行く。途中から、足の遅い私と体調のすぐれない仲間は一頭の裸の馬に交代で乗った。何だか自分も荷物になったようで情けないが、パーティーの足並みを乱さない方が優先だ。初めは怖かったが、栗毛色の優しい目を信じてそっと乗る。触れると痛い常緑のカシの林の中、異国の大地を生まれて初めて馬でゆく。私たちが興奮して眺めているエーデルワイスの花を、馬は歩くのを時々休んで草と一緒にバリバリ食べる。
思ったよりツライ夜、けれど、来てしまったのである……
三六〇〇メートルのベースキャンプには、山を背にして流れの速い川が流れている。コックさんの作った夕食のカレーがおいしい。夜、テントの周りを黒豚が歩き回ってフニャフニャいって草を食べる。夜半に大雨が降ってテントが漏りだし、頭の上に傘をさして寝る。高度があるせいで横になると息苦しい。眠れないがウトウトとする。トイレに行って帰ると動悸がする。思ったより夜は辛い。考えてみれば馬も初めてなら、テントの中、寝袋に寝るのも初体験。初体験が五〇〇〇メートルとはもう無茶としか言いようがない。けれど来てしまったのである。
よくぞ、ここまで、と
人が乗った馬が入れないエリアに入り、私はどんどん遅れてしまった。
四〇〇〇メートルを超えて、アタックキャンプが近づいてきたところで、ついに憧れのブルーポピーが現れた。ガラス細工のように花弁が透けていて、思ったより大きい。思えばよくここまで来られたものだ、としみじみ思った。
アタックキャンプでの一夜はすごい雷が鳴り、ひょうが降った。「明日は雨で行動できないのでは」という考えが浮かぶ。そんな中、体調の戻らない仲間と私は明日の登頂を諦めようと話し合った。翌朝は4時起床、健脚のメンバーたちはまだ暗い6時にテントを出発し、昼ごろ、全員元気に戻ってきた。私と同い年のメンバーもその中にいて、頑張った。本当に人間の力ってすごいものだと思う。
なだらかな草原、咲き乱れる花、本当にあそこは桃源郷だった。登頂は出来なかったものの、大きな達成感を得た私が確かにいる。