滋味真求:清朝の昔偲ばせる宮廷点心 「京兆伊」(台湾・台北)
前号二○面で「西太后のおやつ」と題して、中国清代の悪名高き女性権力者の食べていたとされるメニューの数々を記事にしたところ、たいへん反響があった。そこで今回もう一回、このメニューを供している「京兆伊」と、その周辺を紹介したい。
「西太后のおやつ」というと、当然北京でと思われるだろうが、実はこの店は北京から二○○○キロも離れた南の島、台湾は台北にある。この地で、北京正統派の点心や料理が食べられるのは考えてみると不思議ではあるが、香港が中国に返還された現在、世界で中国料理の一番うまい所は何といっても台北だろう。
歴史は遡るが、中国大陸の内戦に破れた蒋介石率いる国民党政府は、大挙して狭い台湾に逃れてきた。浙江財閥、大富豪、軍閥など、優秀な調理人を抱えている人たちが皆やってきたのだから、全中国の料理が台北という狭い街に集中したようなものである。
昔からおいしい料理は街の料理屋にあるのでなく、大富豪の屋敷内にあるとされている。中国料理のバイブルともいうべき「随園食単」を著した清朝の詩人、袁枚も王太守の家の「八寶豆腐」は旨いとか、蘇州の唐家で作る「スッポンの塩煮」はいいなどと書いている。しかし国民党が台湾に渡って数十年、大陸反抗の夢破れ、大富豪、軍閥なども世代交替となり、解雇されたお抱え料理人も身すぎ世すぎのため台北の街で料理屋を始めた。伝統ある名家の料理人たちが店を始めたのだから、おいしいのは当たり前。
さて、その台北でも宮廷点心随一の店「京兆伊」店内は京劇の音楽が流れ、いかにも北京の昔を偲ばせる雰囲気である。西太后のおやつのコースを注文すると、まず最初に供されるのが北京っ子の大好きな「ジャスミン茶」。次にジャスミン茶とウーロン茶をブレンドした「紫陽茶」。その次が、牛乳を煮詰め固めたお菓子「烙乾」。豆腐のスープ・ニンニクのせ「口磨豆腐脳」。冷麺ゴマダレソースの「清官涼麺」。とうがんと貝柱の「干貝川冬瓜」。北京式大根餅ミートパイ「蘿蔔絲餅」。山〓子ゼリー「五種点心」など。このコースで価格は日本円で三八○○~四○○○円くらい。
ご存じの通り、山〓子には、健胃、強心、血管拡張作用などの薬効があるといわれる。また、消炎、止血、利尿、鎮静作用のある黄山梔子など数々の生薬がバランスよく使われている。
中国の権力者の例にもれず、食医の調合によるこんな不老長寿思想の薬膳的料理を食べていたのだから、西太后も本来は八○歳以上の長寿を全うするはずだった。それなのに七○歳くらいで亡くなったのは、やはり風説のように毒殺があったのかもしれない。
「京兆伊」には、これらの点心のほかにも各種麺類、五香醤牛肉、酸菜白肉粉絲などの料理もある。冬季は各種タレをつけて食べる羊のシャブシャブ「〓羊肉」が美味。店主の陳信香さんは流暢な日本語を話すので、いろいろと料理の説明・相談にも乗ってくれる。台北各地に支店があるが、台北そごうデパート裏の「忠孝支店」が便利である。
住所・台湾台北市復興南路1段107巽21・2号。電話02・721・8653。