東洋医学のウソ!ホント?(2)上海現地ルポ 漢方と西洋医学
急激な近代化が進む中国・上海。取材班はこの街で上海中医薬大学の何金森(か きんしん)教授を訪ねた。
日本でいういわゆる漢方療法、東洋医学療法を中国では「中医学」と呼ぶ。この大学にはさらに「薬」の文字が付いていることが、最初から注目された。
「当大学も含め中国国内三ヶ所で一昨年、“中医大学”から“中医薬大学”に名称変更がありました。漢方薬・鍼灸・按摩(マッサージ)の三分野から成り立っている中医学ですが、その中でも効能や効果が科学的に立証しやすい漢方薬を中心に今後は発展させていきたいというのが、国の方針です。また、理論は中医学に基づき、臨床研究は西洋医学に基づく中西医結合医学も大いに進められていますね」。*1
漢方と西洋医学。相反する要素のように思われるが、その施行術の提供、技術者の育成はどのように行われるのだろうか。
「私の場合はまず、福建省の医科大学で西洋医学を学び、後に中医学の課程を経ましたが、その逆の人もいます。いずれにしろ最初の本科が五年、後で学ぶ方が三年、中西医になるには八年の年月がかかります。中西医学の何よりものメリットは、西洋医学の薬と漢方薬の併用ができること。西洋医学の薬は服用量が多くなるとどうしても副作用が多く出ますが、漢方の療法とミックスすることでこれを抑えることができる。私の処方は西洋医学の薬を三分の一。後は、鍼灸と漢方薬で対応しています。この方法をとると、とくに“未病”の改善においてもっとも早く効果が現れ、治療期間を短くすることができます」。*2
基本的に中医学の療法と西洋医学の療法はどこが違うのか。
「中医学の療法では、弁証論治という考え方が基本で、これは昔から変わりません。つまり、病気を診るのではなく人を診るということ。目の前にいる患者の具体的な症状、体質をひとつの証として捉え、処方をオリジナルで考えるのです。頭痛ひとつとってもカゼによるもの、高血圧によるものなど原因はいろいろある。だからただの頭痛の薬というのはありません。ちょっとシビアな話ですが、昨年日本で起きた、慢性肝炎の治療として小柴胡湯を誤用し、間質性肺炎を発生させ死亡に致ってしまった事件。あれは中国の漢方医者の間でも大いに話題になりました。問題は日本では小柴胡湯は万人の肝臓に効く薬と誤解されていたむきがあったことです。そんな西洋医学的な漢方薬はありません。もっと患者の病態を診て判断すべきだったと残念に思います」。
「漢方には副作用はない」はおかしな神話であるとは、先の特集号でも見てきた通り。病態、つまり証に合っていない“誤用”的な使われ方をすれば薬の効果は別の形で出てきてしまう。「東洋医学のウソ! ホント!」第一弾で取り上げた結論は、ここ上海でも強調された。
近代化により上海などの大都市では過度の人口集中が進み、新しい医療のテーマが生まれている側面もあるという。例えばストレスの問題など。
「一○年前の中国では“肩コリ”という病名はなかった。私自身、日本語を習った時この言葉を知りましたが、どんなことなのか想像がつかなかった。しかし、いまではよく浸透している現象で、その解消のための研究も盛んです」。
首のうっ血障害はストレスと密接な関わりがあるのは、よく知られているところだ。このように時代の変化とともに新しい病態が発生し、それにつれ中医学はさらに進化する。
処方された生薬を時間をかけて煎じて服用する方法にも、変化がみられる。「のんびりした時間・空間で暮らす地方部なら問題はないですが、狭い家屋で忙しく過ごす都市部の生活では、家庭で煎じ薬を日常的に作るのは無理がありますね。生薬の有効成分を効果的に引き出すには、強火で急いではダメ。水にひたし、じっくり時間をかけてこしらえなくてはならない。手間がかかる上、ニオイや煙も発生します。そこで、こうした手間をかけなくても手軽に服用できる錠剤の開発も進んでいます」。
ストレスの発生や処方の省時間化など、まさに私たちにとっては身につまされている問題。本場中国のこれらの研究成果、ぜひ日本にもたらして欲しいところだ。
*1 中国衛生部によると、七八年の国家教育委員会の中西医結合大学院生の募集決定から、二九の博士養成、八七の修士養成の場が設けられ、合計一○○名近くの中西医結合博士、一○○○名余りの修士が養成された。
*2 西洋医学ではしばしば治療に難渋する急性および慢性病、つまり肝炎、喘息、リウマチ性関節炎、腫瘍、心臓疾患、脳血管、免疫系統などの病気治療において中西医の結合は大きな効果をもたらすと、中国衛生部は発表している。