ようこそ医薬・バイオ室へ:通風は今でも帝王病?
今年春の健康診断も、案の定血液中の尿酸値が高めで、食事に注意して六カ月後再検という総合判定であった。まあ、いつものことと放っておこうと思っていると、友人の税理士が痛風で大変な目にあったことを聞いた。
彼は税理士ゆえなのか、つき合いや接待が多く、とにかく毎晩のように飲み歩いている。おまけにカラオケが好きで一度マイクを持ったら離さず、日が変わるまで歌い、かつ飲んで、成人病にならない方がおかしいという生活を送っていた。さらに、飲んだ後にラーメンを食べないと帰る気がしないらしく、ラーメンだけならまだしも、そこに置いてあるゆで卵を、二、三個食べるのを常としていた。
当然、ツケは回ってきて、痛飲して帰ったある晩、寝ているうちに足の親指の付け根が猛烈に痛くなり、朝を待って病院に転がり込むと、「典型的な痛風」と診断されたわけである。本当に「風が吹いても痛い」状態が一週間続き、一週間後に「風が吹いては去っていく」ように嘘のようにその痛みは消えたらしい。
「痛風」とはよく付けたものだと感心していたが、その代わりほぼ一生、痛風の薬を飲み続けなければならない。
その痛風であるが、古代エジプトのミイラも痛風にかかっていたことが「痛風に克つ」(内田紹爾著、講談社)に載っていた。男性ミイラの骨に尿酸塩が沈着していたらしい。ミイラになるくらいの人だから、きっとかなり贅沢な食生活をしていたのだろう。西洋では「帝王病」と言われるほど、アレキサンダー大王やミケランジェロ、ルイ一四世、ニュートン、チャーチルなど、地位の高い著名人が痛風になっている。
また白亜紀の恐竜の骨の化石から、痛風の痕跡を発見したと米国のオハイオ北東部関節炎センターが発表した。デンバーの自然史博物館に展示されている恐竜の右前足の指の付け根の骨に約1cm四方の丸い窪みを見つけ、他の博物館の恐竜の骨も調べてみると結構痛風の跡らしい窪みがみられたらしい。
現在のハ虫類のオオトカゲやカメにも尿酸の蓄積による腎臓障害や関節炎がみられるので、同じハ虫類の恐竜も肉の食べ過ぎによる痛風に悩まれていたようである。
日本でも「贅沢病」としてグルメな美食家がかかる病気と言われていたが、昭和40年代から西洋風の食生活が一般化すると同時に急増した。現在の痛風患者数は五○~六○万人と推定され、「贅沢病」というよりも庶民の病気となっている。
痛風患者は圧倒的に男性が多く、それも三○~四○代の働き盛りで、肉食を好み、お酒が好きで、肥満気味の人がよくかかる。特にストレスのかかる中間管理職やセールスマン、科学者に多いらしい。女性の患者は二%にも満たないくらいで、これは女性ホルモンに血液中の尿酸を積極的に排泄する役目があるためである。
痛風の原因は血液中の尿酸が増えることが直接原因で、通常尿酸は血液一デシリットルあたり七mmgしか溶けず、それ以上の濃度になるとその溶解度を超えるため、結晶となって析出する。従って、健康診断の尿酸値が七・○を超えると要注意。特に温度が低いとその溶解度は低くなるので、血の巡りが悪い手足の先や耳たぶなどの冷えやすいところに溜まりやすい。
ところで、痛風自体の薬は昔からイヌサフランが使われている。何となく足の親指の付け根がウズウズした時に飲めば、まずこれで発症することはないが、逆に発症してからではコルヒチンは効かない。
発症後は痛み止めをはじめとして多くの薬があるが、痛みが取れても、尿酸コントロール薬をほぼ一生涯飲み続けなければならないので、酒池肉林は避けるようにしている。
妻の知り合いに、痛風になったことを贅沢病として自慢している人がいるらしい。ところが、ある飲み会でその人がお世辞にもおいしいと言えないカニを、「こりゃあ、うまい」と一人で抱え込んで食べていたそうである。
妻の友人曰く、
「最近はいいもの食べてなくても痛風になるんだね」
庶民の病気となった由縁である。
((株)ジャパン・エナジー医薬バイオ研究所 高橋清)