元気インタビュー 91歳のダンス評論家・川北長利氏 異性とのスキンシップで活性化
Shall We Dance? 最長老のダンス評論家として活躍を続ける川北長利氏。いまも地元公民館のダンスサークルに所属し、毎日汗を流す。
「ダンスは楽しい。健康増進にもぴったりです。ステップを覚えるのが頭の運動にもなるし、異性とのスキンシップが心も活性化してくれます…」。いま一番面白いのはアルゼンチンタンゴ。さらにレクリエーションダンス(フォークダンス)も習得中だとか。おだやかで上品な口調、しなやかでスマートな姿、そして九一歳のダンスキングの心は熱い。
戦前・戦後の社交ダンスの普及に尽力された川北氏。会社勤めのかたわら続けた六〇有余年にわたる評論活動は、日本ダンス界の貴重な研究資料として注目を集めている。
「戦争前、ダンスは『臭いものにはフタ』式の扱いで、いろいろ露骨な迫害を受けたものです。男女七歳にして席を同じくせず、という性道徳で長年教育されていましたから。それが終戦後、解放感を味わうかのようにすさまじい勢いでダンスブームが起こったんです。当時私は日本社交舞踏教師協会にいて、講師派遣にてんてこ舞いでした。ブームは一般青年男女におよび、全国に普及しましたが、そのうち風俗営業法という法律の規制対象になることに。なぜダンス教室が、と反対の声を上げました。が、当局との折衝むなしく、喫茶店・麻雀屋・キャバレー・ストリップ劇場・ラブホテルなどと同じ社会悪とみなされたんです」。
いまだに残るその偏見に対し、ダンスは決して不健全ものではないと主張し続け、普及に努めた。いまは特に高齢者のためのダンスサークルを推進している。
「歳とともに性機能は衰えます。それは廃用性萎縮といって、いわゆる使わないから駄目になるわけです。でも、性格は先天性なもので一生失われないものだと、現代の大脳生理学者たちは言っています。人間にとっては食欲と性欲、そのどちらが駄目になってもいけません。自己を保存をするために食べる、そして種を保存するために性行為があるわけですから。抱擁、手の握りあい、スキンシップ、対話など、ダンスはまさに不老長寿の妙薬。高齢者の性意識をよみがえらせる不思議な能力があるんです。孫の守りで一日を暮らしても当然の年配の女性が、ブラウスとスカートの素晴しいコンビネーションで現われる。すると男のほうも柄物のスポーツシャツを着てカッコつけますでしょ。おかげでボケないんですね。私自身ダンスがなければ、無精ひげで盆栽いじりの毎日だったでしょうね。会社では経理を担当していたんですが、八〇歳で退職となり、“濡れ落ち葉”と化さぬようにとダンスを再開したんです」。
濡れ落ち葉なんてとんでもない。川北氏の顔や声には九一歳とは思えないほど若々しいハリがある。
「長寿は遺伝的な要素も強いと思います。祖父も祖々父も八〇年以上生きました。当時にしてはえらい長命でしょ。私の名前『ながとし』は、戸籍上本当は『長寿』と書くんです。健やかに育てという親の願いでしょう。ところが若いころは病弱で、大学を出てすぐに肋膜を患ったんです。当時肺炎は、いまのガンのように恐れられた病気でね。それであまり運動の激しくないダンスを始めたわけ。おかげでこのとおり元気です。食事で気をつけているのはよく噛むこと。だから食べるのが遅くて、だまって必死でモグモグ食べます(笑)。よく噛むとすぐ満腹を感じるので、食べ過ぎも防げます」。
実は三年前から心臓にペースメーカーをいれているそう。「徐脈といって、脈が遅いんです。でもいま血圧は上一四〇で下七〇、それでダンスができるんですから十分健康だと思っています。社交ダンスの運動強度は、ジョギングよりは弱く、歩くよりは強い。いま一日に踊るのは一〇曲ほど。でも一曲一曲をていねいに真剣に踊りますから、ずいぶん汗もかくし良い運動になります。実際、上手な女性と踊るのは最高に気持ちのいいものです。重すぎず、軽すぎず、たゆとうように時間が過ぎて、心地よい疲れがくる。アマチュアのダンスは、技術的なうまい下手は問題ではなく、音楽に乗って自由なステップで楽しく踊ることが大切。手をつないで向き合っていると、言葉を交す以上に相手のことがわかる、そういうことも楽しいものです。いくつになってもずっと踊りを続けていきたいですね」。
川北長利(かわきたながとし)=明治38年7月2日生まれ。昭和5年法政大学経済学部卒業後、会社づとめのかたわらダンスに興味をもち、飯田橋舞踊場の玉置真吉氏に師事、イングリッシュスタイルの手ほどきを受ける。昭和7年『ザ・ダンス』に執筆開始。昭和20年、銀座の占領軍兵士用ダンスホール「オアシス・オブ・ギンザ」などのマネージメントを担当。日本社交舞踊教師協会などで社交ダンス普及に尽力し、学生競技ダンス「育ての親」とも呼ばれる。昭和29年ダンス界を離れ、サラリーマン生活に戻る。昭和60年、80歳を迎え退職、『ダンスファン』でダンス評論を再開。現在鎌倉市ダンス協会顧問などをつとめ、高齢者のダンスサークルの活動にたずさわる。