だから素敵! あの人のヘルシートーク:作曲家・宮川泰さん

1996.03.10 6号 4面

何となく落ち込んでしまった時、あなたはどうやって明るさを取り戻すための気分転換を図りますか? 普段着の日常生活の中で、誰もが最も身近な手段として活用するもののひとつが音楽。それではもっと積極的に「元気の出る音楽」を教えてもらおうと、日本ポップス界の巨匠であるこの方のご意見をうかがいにいったところ、お話は料理や健康法まで広がって……。いつでも好奇心がフル回転。音楽だけでなく人生を楽しむ達人の、ポジティブシンキングを紙上プレイバック‐。

僕は料理が得意だと聞いたって? ウソウソ、ああ、もしかしたら何回か料理番組に出たのを見てそんなことを言う人がいるのかな。これがヒドい話なんだ。亡くなったお二方、中村八大さんと猪俣公章さん、それに僕の作曲家三羽烏と本物のシェフとで料理の競演をする番組に出た。
中村さんは青島(チンタオ)にいたものだから肉マンの皮みたいのを使って中国のパンを作った。猪俣さんはあちこちのクラブを渡り歩いているグルメだから、その辺りで仕入れてきたワカメサラダを。僕はその頃よく行っていた六本木の中華料理屋の名物料理のカニの唐揚げみたいのを作ろうと思ってね、スタッフに取材に行ってもらった。おいしくできそうでしょ? ところがところが、中村さんのパンは「はい、時間がきました」と言われてもまだ蒸し上がらない。部屋の温度がどうのこうのでイースト菌が発酵しないんだ。
猪俣さんは猪俣さんで「塩が効き過ぎた。もう一回やり直し」「あれを入れろ、これを入れろ」と言っているうちにワカメはノビるし、野菜はぺっちゃんこになるし、水たまりみたいにベチャベチャになって食べられたものじゃない。
僕のカニ料理? これはもっとヒドい。スタッフは確かに「先生、こうですよ」と作り方は習ってきて教えてくれたけど、肝心のその料理用の特別のカニが手に入らないというんだもん。しょうがないので普通のワタリガニか何かを代用で使って…。これじゃ旨くなるワケがない。お客さんはみんな本物のシェフのフランス料理の方に行って、僕たちの方には誰もこないんだから(笑)。

それでも食べることはものすごく好きですね。だから四年前、すい臓炎を患って入院した時はさびしかったな。
何たってカリフラワーとブロッコリー責めなんだもの。両方が交互に毎日出てくるんじゃないですよ。毎日こればっかり。ふたをした入れ物があってパッととるとブロッコリーの煮物。まあいいか、こっちは何だろうって開けるとカリフラワーのシチュー。がっくりだよ。だってあれ、色が違うだけでほとんど同じじゃない。もともと野菜は好きですけれど、これじゃあね。病院ではそういう食事なんです。隠れて前のコンビニへ行ってそっと大福を買ったりしていました(笑)。
あ、でもね僕、みんなが嫌いだっていう胃カメラ飲むのは大好きなんです。あれは究極の喜びですヨ。入れていると苦しいんです。苦しいけれど我慢しているでしょう。「はい、ここまで入りました」「いま影が見えます」「きれいな胃をしていますね」「何も心配いりません」というようなことを言われるでしょう。圧迫感があって苦しいんですが、「はい、いまから抜きます」と言ってだんだん上に上がってくる。この辺から楽になってくるんです。フーフーと思っていると、最後に「はい、抜きました」と言うでしょう。ここでハァーと呼吸をする。ああ、いい気持ち、ですね。これは快感、エクスタシーです。
えっ、そんな人いないって!? そうかなあ。

面白いことはあったけれど、やはり大病は苦労するから、いまは健康には気をつけていますよ。それでも譜面書きに追われているとどうしても運動不足になる。また困ったのは、家を引越して散歩やジョギングをしていた公園が遠くなったこと。そんなこんなであまり歩かない日が続いていたら大変なことが起こった。
地下鉄の階段を昇っていてね、ボキボキ、メリメリ、ミシミシと音がするんです。
僕は最初、それが何の音か分からなかった。音は階段を上がる歩調に合わせてするんです。ある日、ジャラジャラと聞こえ出したのでポケットに小銭を入れていたのかなと、手で探ってみました。でも小銭はない。その時初めてじっくりと聞いてみたら、なんと、自分の膝が鳴っているんです。
昔から「靴が鳴る」という曲はあるけれど、「膝が鳴る」というのはないでしょ‐‐。なんて冗談を言っている場合じゃないと本気で思っています。
それでね、元気を回復しようとしていろんな健康食品類を試している中で、いま一番凝っているのがプロポリス。
九重佑三子が「先生ぜひ試してください」ってブラジル産を持ってきてくれたんだ。
効能書を見たら何に効くとも書いてないから、どうかなあと思ったんだけど、飲んでみたら意外に効く。譜面書きに追われてその日寝たのは明け方の5時過ぎ、それで起きたのが9時半だから四時間半しか眠っていません。その前の日は三時間です。それなのに元気なんだから。
「よしこれで調子を取り戻してまた運動しよう、外を出歩こう」という気分です。

落ち込んでいる時、調子が悪い時、聞くと元気になる音楽はどんなものかって? そうねぇ、まず清々しいのがいいですね。理屈では分からないけれど頭がすうっとし、汚れたものが全部出ていって浄化されたような感じになる音楽ってあるでしょう? 一般的にはバロックだとかモーツァルトだとかが気分をリフレッシュするのにいいと、昔からよく使われてきました。でも僕の場合はチャイコフスキーのシンフォニーのメロディーなどを聞いているといいなあと思います。
音楽はね、まずいいメロディーであることが一番大事なんです。リズムはいくらでも変えられる。それから詞、これがいつの世にも受け入れられる普遍のものでなければならない。言葉には流行はあるけれど、それは枝葉。大切なのはその言葉の裏に隠れている人間としての素直な心情、優しさ、たとえば弱い者は守ってあげたいという思いやりとかね。人の生き方、生きるための心構え、自分に正直でなければいけない、人をだましてはいけないとか。ちょっと道徳的な言い方になっちゃって恥かしいけれど、いつの時代だって変わらない人の感動に結び付く心って絶対ある。
その歌詞がメロディーにピッタリ合っていること、これもすごく大事。世に傑作といわれる曲はみな、この点をクリアしています。このメロディーにはこの歌詞、この歌詞にはこのメロディーしかないというくらいぴたっと合っている。そういう曲が生まれるには、作曲家や作詞者の勘というかセンスというか、震感みたいなものがあったのだと思います。

最近の日本のヒットしたポップスで元気が出るといえばKANの「♪必ず最後に愛は勝つぅ~」とか、槙原敬之の「♪どんな時も、どんな時も~」とか。ね、このメロディーにこの歌詞しかないでしょ。覚えやすい単純に元気の出る歌詞がついていて、僕は好きですね。あと、沢田知可子の「会いたい」という曲。「♪会年も海に行くってぇ、いっぱい映画も見るってぇ、約束したじゃない、あなた約束したじゃなぁいぃ会いたい~」というの。それなのに恋人は死んでしまったという情景の歌です。
悲しいんだけれど、すごくいい恋をした若い人の強い、切ない気持ちがよく出ている。
こういうの、一見、元気が出るというのと違う感じがするけれど、感動があるでしょ。聞いていると、このドラマの主人公のような気持ちの若者になりたいとか、また熱烈な恋愛をしてみたいとか、そういう生きる強い想いを沸きたてる。「愛は勝つ」に僕がひかれるのもそんな風にストレートに言い切れる若者っていいなあという憧れの一種かもしれない。だから僕が考える元気が出る音楽とは、感動や憧れがズンと感じられる音楽ということになる。
二時間も三時間もする映画やお芝居では途中は感動していても最後は疲れてしまったりしますよね。その点、音楽、とくにポップスはすぐ近くにあって二~三分でパッと入っていくことができる。いい音楽はメンタル、フィジカル両面のケアにピピッと効く魔法のクスリだと僕は思いますよ。

▽みやがわひろし=31年3月18日、北海道留萌市生まれ。大阪学芸大学在籍中からバンド活動をスタート。上京後は渡辺晋氏率いるジャズバンドに参加、ピアニスト、アレンジャーとして手腕を発揮する。その後、「恋のバカンス」「ウナセラディ東京」などの作編曲を通じ“ザ・ピーナッツの育ての親”として音楽業界の第一人者に。アニメ映画「宇宙戦艦ヤマト」のサウンドトラック盤大ヒットなど活動は多岐にわたる。
現在のテレビ出演は、NHK総合の「ときめき夢サウンド」、大阪よみうりテレビの「日曜はピアノ気分」、4月からはNHK教育で「趣味百科・ポピュラーピアノを楽しむ」も始まる。

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