インバウンド特集:京都・観光最前線インバウンド対談 日本料理店とホテルの目線で和食を語る
東京オリンピック開催、中国の経済成長などを追い風に、日本に来る外国人旅行者は増加の一途をたどっている。中国語併記やハラール認証など、外国人旅行者を引き込むためのインバウンド対策は、もはや外食市場でも珍しくなくなっている。そこで、1935年創業の京料理店「木乃婦」3代目主人の高橋拓児氏と、外国人旅行者も多く宿泊する「ジェイアール西日本ホテルズ」統括総料理長の佐藤伸二氏に、京都という観光都市から見た最新のインバウンド動向について語ってもらった。(12~17面記事・中尾星紀)
◇高橋拓児氏(木乃婦3代目)×佐藤伸二氏(ジェイアール西日本ホテルズ統括総料理長)
●Agenda.1:京都での現状は? 富裕層増加で高価市場加熱
-京都でのインバウンドの現状は?
佐藤 一番効果があったのは宿泊稼働率の増加ですね。今上半期の外国人宿泊率は約39%。5年前は約22%でしたから目に見えて伸びています。レストランの売上げのアップも顕著ですね。以前の外国人客は、ホテルから出掛けて外食するケースが多く、外国人客の比率が上がるとレストランの売上げが落ちていたのですが、最近は外国人客の増加に比例してレストランの売上げもアップしています。日本料理店だけでなく、鉄板焼きやバイキングなど料飲店全体で売上げが伸びていますが、さまざまな要因が考えられます。その要因の一つとして京都の食材を多く使っていることが支持されたのかもしれません。やはり京都らしい料理を求める声は多くあります。本来、当ホテルでは欧米からの外国人客が多いのですが、最近はアジアからも増加していますし、ゆくゆくは南米・インドも視野に入れなければと感じています。
高橋 インバウンドによって富裕層客の来店が倍増していますね。高級店は客単価2万~3万円だったものが最近では4万~5万円と、どんどん値段が上がっていて、高単価市場そのものが大きく変化しています。今までとは全体的に要求していることが違っていて、日本人の客ならば富裕層でも予算にシビアな傾向が強く、「1人2万円までに抑えてくれる?」といった要望が多いのですが、外国人客の富裕層は2万円以上はいくら出しても同じ感覚。「店が何を出せるか」しか興味が無い。予約の問い合わせでも、まず「いくらまでのコースが出せるのか?」と聞かれる。高くても構わないから、その代わりに「これを絶対にして欲しい」という特別注文が多い。そのような外国人客は、一昨年ぐらいから急に増えましたね。
佐藤 ホテルでは、そういった極端な要望はありませんね。高級志向というよりも、日本の食材や料理、提供方法に関するニーズが根強い。例えば、肉だったら神戸牛を使って鉄板焼きにしたり、寿司ならば寿司カウンターを設けたり。単に和食を作って提供するだけでなく、鮮度感や繊細さなどの日本らしさをどのように演出するかが課題となっています。外国人客にとっては「和食=日本料理」。懐石、寿司、天ぷらに限らず、鍋や丼、場合によってはバイキングまでのすべてが日本料理。一つ一つにおもてなしの仕掛けが必要かと思います。
高橋 仕掛けや演出といえば、ある外国人団体客が国宝の某寺を借り切って、特別にライトアップされる中、夕食会を開いたなんて話も聞きました。1人につき会場費50万円、仕出し料理15万円だったそうです。普通では考えられないことですが、「せっかく日本に来たのだから」という富裕層にとっては、「何を食べたか」に加え「どのように食べたか」の方が重要になっている。この流れは間違いなく準富裕層以下にも浸透していくでしょう。
●Agenda.2:和食へのニーズは? 本質よりもテーマ性が決め手
-日本料理に対するニーズは?
高橋 日本料理に関しては「やっと分かってきた」という感じでしょうか。懐石料理などの本質を理解しているわけではなく、日本といえば「とりあえず和食」といった感じで未開拓の状態です。日本の飲食店や食材にも、エルメスやヴィトンのような格やブランドがあるのに、それをまだ分かっていない。海外の飲食店は品質格差が激しく、日本は安定していてまずい店はほとんど無い。そうした日本のレベルの高さを確認している段階なのです。つまり、知っていることを体験して具体的に理解し始めたということ。日本人が、いくら日本でフレンチやイタリアンを食べていても、実際に現地で食べなければ本質を理解できないのと同じです。その本質を見抜ければインバウンド対策は成功すると思います。
佐藤 海外と日本の和食を比べた時に、最もおいしさの違いが出るのが、食材の品質だと思います。特に日本特有の魚介や野菜のおいしさは明確に違います。外国人客もそこに気付き始めていて、バイキングであっても本物を出さないと納得してもらえない状況です。冷凍食品を温めて出すような安易な仕事はできませんね。例えば、肉やエビは世界共通の人気素材ですが、それを和風に調理して出すだけでは弱い。それにどのようなテーマ性を加えるかが重要になっています。うちでは、北海道フェアを打ち出すと、集客数が飛躍的にアップします。しかも最近は、北海道の食材を使っているだけではダメで、北海道の現地組織から認定をもらったり、北海道の郷土料理を提供するなど、「食材+ストーリー性」が求められてきています。京都に来られた観光客に対して北海道フェアをやるのもどうかと思いますが、まあ、バイキングに関しては、本当に勉強させられていますよ。現在、京都駅界隈(かいわい)は全国一のバイキング激戦区ではないでしょうか?
●Agenda.3:業界の変化と飲食店の対策は? きめ細かい個人対応が大切
-インバウンドによる業界の変化は?
高橋 まず、肉の常備が必須となりました。主な外国人客は主食が肉。日本人が海外に行ってもおコメお味噌汁が食べたいのと同じなのです。さらに、生どころか、魚自体を拒絶するという客もいますし、ベジタリアン対策も重要です。まだ本格的なハラールとまではいかなくとも、ゆるいハラールぐらいには対応できるようなシステム作りも必要でしょうね。海外では個々にアラカルト注文するのが普通ですから、十人が十人とも同じ料理を食べることは、ほとんどありません。嗜好(しこう)別に加え、主義別に対応できる選択肢を用意すべきでしょう。インバウンドが成熟に向かうにつれ、そういった要望がいっそう強まると思います。
佐藤 ホテルの立場としては、どんな要求にも応用が利くようになるためには、まず技術の基本を学ぶことが大切ですね。フレンチに例えると、フランスが本家として君臨していて、各国から人が集まって本家で修業をし、母国に帰り母国の食材でフレンチを作るようになる。これが技術的な基本とすれば、バイキングのシェフもその程度のベースを持っていないと通用しない時代になるでしょう。あとは、アレルゲン、LGBT(※)、ハラール、さまざまなニーズに対応できる仕組み作りも重要です。当社でもいち早くそれらへの取り組みを始めています。
※LGBTとは性的少数者を差す用語。1990年代から欧米を中心に浸透し始め、現在は彼らを肯定的に指す用語として一般的に。虹を構成する6色のレインボーカラーがシンボルマーク。
●Agenda.4:外国人客の実態は? 強い主張に合わせる対応が肝要
-外国人客の要望で気になる点は?
高橋 遠慮が無いということが特徴でしょうか。例えば、イギリス人とイスラム圏人…という具合に、一人一人の食習慣が異なる団体客が10人ほど来店したことがありました。国が一緒なら対応もまだ楽なのですが、10人来て、そのうち8人ぐらいの注文がバラバラでしたから苦労しましたね。全ての料理に客の名前を書いて、接客担当を3人ずつぐらいに分けたり、ミーティングだけでもかなり時間を要しました。厨房の調理でも提供するタイミングを合わせるのに大変でしたよ。だし汁も「カツオがダメ」と言われて、1人だけ全部一から作り直したり。
佐藤 ホテルも似たような対応に迫られています。以前、グルテンフリーのパンが用意できなければ宿泊しないという事例がありました。準備することができたのでお泊りいただきましたが宿泊にまで影響してくる食ニーズです。今まで以上にホテル全体でのチームワークの大切さが問われた事象です。
高橋 それと、日本酒の注文が大吟醸に偏っているのが印象的ですね。日本人の食通の方は、食中酒に大吟醸はあまり好まないと思うのですが、彼らは香りの高い酒が好きなので食中酒でも構わず大吟醸ですね。おそらく純米酒や本醸造に行き着くのには最低5年ぐらいはかかるでしょう。まだまだ分かりやすい日本酒が好まれていて、一足飛びに本物の京都を見せても仕方がないのかなと思います。
佐藤 日本はアメリカからもヨーロッパからも遠い極東なので、欧米系外国人客は特に初訪日した人が多いと感じます。私たちホテルのレストランでは欧米系外国人宿泊客が多いこともあり、まだまだ寿司や天ぷらが人気です。分かりやすい日本らしさにどっぷりとはまりたいという需要はあるでしょうね。
●Agenda.5:長期的な展望は? 和食の世界輸出が着地点
-インバウンドの今後は?
高橋 今後さらにインバウンド効果が絶大に発揮できる時代がきます。というのも「日本に行ったら食が魅力」というのは、表面的にはすでに知れ渡っています。すなわち、日本食というだけで業種業態を問わず高く評価されているのです。日本料理や和食といわず、ファストフードだろうがイタリアンだろうが「何でもおいしい」というイメージが浸透しているので、日本の食品産業全体が大きな輸出エンジンとなり得るはずです。
佐藤 それはやはり、日本の食材力が大きいのではないでしょうか。私は昔、フォンドボーのゼラチン質がすごく胃にもたれて、これに変わるものは無いのか?と疑問を持ったことがあります。それが課題となり日本料理を学ぶことが大切だと思い始めたのです。日本で正統派フレンチが王道といわれる時代、邪道といわれても日本料理を学び、実践してきました。その経験がいまに生きています。京都には、麹や味噌などの発酵素材を始め日本を代表する調味料が揃っていますので、京都らしいフレンチを創作できます。でも、京都らしいフレンチを作るだけではダメ。創作マインド以上に料理人のポリシーやオリジナリティーを磨き上げることが大切だと思います。
高橋 昨今の一流と呼ばれるフレンチやイタリアンの有名シェフは、現地から輸入された本場の食材よりも、自店に近い地場産物を選ぶ傾向が強まっていますよね。何日もかけて本場から運んでくるより、鮮度の良い地場産物を使った方がおいしい。ただ本場の食材を使えばよいという時代はもう終わっていて、本質が優れている食材を見極めて使う時代になっています。佐藤さんの目指すオリジナリティーもそこなのではないでしょうか。素材の産地にこだわりすぎるよりも、料理人の能力でおいしく仕上げる。これは日本だけの話ではなくて、将来的にはフランスの日本料理店も同様。日本産にこだわる時代から、フランスの地元食材を使う時代に移っていくでしょうね。
佐藤 私も同感です。日本に入ってきたフレンチの当初と、現在の和食、日本料理店の立ち位置が非常に似ていて、日本のフレンチの歴史を振り返れば、和食の今後も見えてきます。
高橋 外国の料理人が日本に来て和食を学んで、母国に戻って和食を作るのが最終着地点だと思っています。そんな時代が訪れて、ようやく本当の和食の国際化が始まるのだと思います。実際、京都でも外国人の料理人の修業が増えており、彼らの帰国後の展開に期待しています。
佐藤 京都では、調理師学校で和食を学んだ外国人は、2年間、和食店で働きながら研修できる特区があります。そのような修業環境を地道に整えていくことが、インバウンド戦略には最も重要かと思いますね。
-京都は食の海外交流の最先端ということ?
高橋 それぞれの業界、長期的な視点で考えていますね。我々の仲間内では「精進料理」の潜在力に着目しています。精進料理は和食の原点ともいえますし、新たな切り口で提案する価値が十分にあります。例えば寺社と協力して、寺社で精進料理を提供するツアーを企画するとか。
佐藤 それって完全にベジタリアン対策になりますね。ベジタリアンコースではなく「精進料理」と言い換えれば、京都らしく健康志向もアピールできます。
高橋 今後、京都では、懐石料理と精進料理の両方を提供する和食店が増えると思います。精進料理は日本固有のベジタリアン料理として、ローマ字で「SYOJIN」みたいに。
佐藤 和食を語ると、京都には最先端の刺激がたくさんあります。よく「伝統」という言葉が重んじられますが、伝統とは新たに挑戦しないと風化します。京都は国際化にいち早く対応していく最先端の土壌があるといえますね。
◆プロフィール
●高橋拓児氏(木乃婦3代目)
たかはし・たくじ 1968年、京都市下京区生まれ。創業80年の京料理屋「木乃婦」3代目。立命館大学法学部卒業後、東京「吉兆」入店。5年間修業後、帰郷して家業に従事。2014年、木乃婦3代目主人に就く。シニアソムリエ有資格者でもあり、ワイン懐石を提案するなど、海外文化を意識したメニュー作りやインバウンド対応にいち早く取り組む。一方、京都大学農学部大学院に在籍して料理の研究を行うなど多角的に日本料理を探求。日本料理を世界に発信するため外国人研修生の受け入れにも積極的。
●佐藤伸二氏(ジェイアール西日本ホテルズ統括総料理長)
さとう・しんじ 1956年、三重県上野市生まれ。「クラブ関西」入社後、フランス料理を中心に学ぶ。96年「ホテルグランヴィア大阪調理部」部長就任。2004年「ホテルグランヴィア京都」総料理長就任。「第一回SOPEXA大阪大会」2位受賞、「厚生労働大臣表彰」受賞、NHK「今日の料理」出演など活躍多数。レ・トックブランシュ国際倶楽部西日本地区・委員長、関西シェフ同友会・副会長、エスコフィエ協会・理事、京都フランス料理研究会・理事などを兼任するなど関西のフランス料理界をけん引している。観光最前線の京都でホテルのインバウンド事業に深く関わる。