ニューヨーク通信 外食ビジネスの新発想:NY最新カフェランチ事情
紅茶を飲む人が増えてはいるが、アメリカはやはりコーヒーの国だ。しばらく歩いていない所に足を向けると、新しいカフェができている。これだけたくさんのカフェがありながら、あり過ぎるということはなく、新しいカフェが次々に登場し、しかも、どこも客が押し掛けている。
ニューヨーカーのカフェの利用法はさまざまだ。コーヒーを飲むだけにとどまらず、仕事や勉強の場であり、ビジネスの交渉の場であり、社交の場であり、そして、食する所でもある。そんなNYのカフェ事情を取材した。(外海君子)
●ベイクドメニューはNYカフェに必ずあり
知る人ぞ知る、「シンク・コーヒー」、「ザ・ビーン」、「ナインス・ストリート・エスプレッソ」、「ブルーボトル」、「スタンプタウン」、「カフェ・グランピー」などのカフェは、おなじみの店になって根を下ろしている。かと思えば、「マッドマン・エスプレッソ」、「ギミーコーヒー」、「サード・レイル」など、新しい店も次々に出現。
マンハッタンよりも実験的な気質のブルックリンには個人経営の店が多く、個性のある面白いカフェがたくさんある。もとはといえば、「ブルーボトル」や「スタンプタウン」、そして、あの「スターバックス」でさえ、個人経営の店だったのだ。
ブルックリンや西海岸発のカフェなどのアメリカ勢に加え、各国のカフェもお目見えし、イスラエル系の「アロマ・エスプレッソ」、スウェーデン系の「フィカ」【1】【2】などの他、韓国系の「カフェ・ベネ」は、ここ2、3年のうちに店舗が急増し、あちこちで見かけるようになった。
これらのカフェは、必ずマフィンやクッキー、ペストリーなどのべイクド・グッズを揃えている。ランチや軽食を用意している店も多い。日中はカフェ、夜はワイン・バーといった使い分けをしている店もある。フード関係は、特に個性の見せどころだ。
●好きな食材を自由に選びたいニューヨーカー
ニューヨークのランチの相場は、もちろん高い店は高いが、通常、8$から15$といったところだ。ウエーターサービスのある店では2割のチップを用意しなければならないことから、セルフサービスのカフェやファストフード、ファストカジュアルで手軽にランチを済ませる人が多い。
日本のカフェランチといえば、幕の内弁当や松花堂弁当に通じる、複数の食材が少しずつ彩り良く並べられたワンプレートものを思い浮かべるが、お仕着せを嫌うアメリカ人消費者には、まずは選択肢がないといけない。
日本の弁当を販売する「べんと・おん・カフェ」でもこの志向を受け、ランチボックスの六つの仕切りに詰める食材をすべて客が選べるようにしている。アメリカ人は、少し余分に払っても、自分の好きなものを食べたがるのだ。ファストカジュアルでは、3段階式の選択肢(ベース+具+ソース)を通して、客に100%のマイ料理を提供している店が多い。
●日本の“カフェ飯”とは異なるランチ
カフェは調理設備が整っていない店が多いことから、フード・メニューは限られてしまう。大概は、サンドイッチやサラダ、そして温めるだけで済むスープといったところだ。典型的カフェランチは、サンドイッチ、キッシュなどのメインに、サラダかスープの選択を付けるパターンだ。夏はサラダが、冬はスープが好まれることが多い。
日本のカフェと違い、アメリカのカフェではまずパスタやライスのランチを目にすることはない。
フレンチのベーカリー「チョコパン」【3】や、フランス菓子専門店の「ペイヤード」や「ドミニク・アンセル・ベーカリー」
【4】【5】などは、カフェとして軽食を提供し、利用者の拡大を図っている。
また、「ウエイサイド」【6】【7】や「エル・レイ・コーヒーバー」は、コーヒーの他にワインやビールも扱い、夕方以降は、パブとしての変身を遂げる。「エル・レイ・コーヒーバー」では軽めの夕食もサーブし、カフェだけでなく、気軽に寄れる軽食堂の役割も担っている。
コーヒーも飲める「アーゴ・ティー」【8】は、ペストリー類もさることながら、軽食も充実しており、中でも、ヒヨコ豆、枝豆、黒豆、レンズ豆などの豆サラダは、人気のランチアイテムだ。以前は、豆類を紅茶で調理していたことから、“ティーサラダ”という名前が付いている。
そして、イーストビレッジの人々の憩いのキッチン・カフェ、「チャオ・フォア・ナウ」【9】では、チキンポットパイなどのコンフォート・フード、ホームメードのスイーツを食べに来る客でにぎわう。ここの人気メニューは、ランチ・コンボ(12$)。通常のサンドイッチの半分のハーフ・サンドイッチ(数種から選べる)に、スープかサラダが選択できる。
クロックムッシュー専門の、憩い系キッチン・カフェ、「ラ・メゾン・デュ・クロックムッシュー」【10】【11】は、以前、日本の紅茶専門店があった一軒家に構える。木製の机と椅子が無造作な感じで並べられ、どことなく古い教室を思わせる、懐かしい雰囲気で、学生が勉強している姿がよく見られる。お得なコンボ(10$95¢)は、14種類の中から好みのクロックムッシューを選び(チーズまで選べる)、サラダもしくはスープを選ぶ。
パニーニやクロックムッシューは、小さな簡易調理場でも作れるし、作り置きでなく、温かいものを提供できる。しかも、中身を変えるだけで、いろいろなメニューのバリエーションが用意できる優れものだ。
●自店で作らずともおいしければ良し
カフェに必ずあるアーモンド・クロワッサンやブルーベリー・マフィンなどのベイクド・グッズは、ほとんどの店がベーカリーから取り寄せている。もともとがベーカリーの「ドミニク・アンセル・ベーカリー」や「エイミーズ・ブレッド」、「ブレッズ・ベイカリー」などの併設カフェは、自家製のベイクド・グッズを出すが、カリスマ主婦、マーサ・スチュアートのカフェでさえ、「バルダザー」や「チカリシャス」などからスイーツを調達しているように、多くが定評のあるベーカリーから取り入れている。フレッシュでおいしくさえあれば、カフェ利用者はいとわない。
●コーヒーも食もある“居心地のいい場所”
何年か前、ある市場調査のインタビューで、いくつかの質問にすべて「スターバックス」と答えた女性が印象に残っている。彼女は、ほぼ毎日スターバックスで朝のコーヒーを買い、昼を食べ、友達と会うのもやはりスターバックスだった。彼女にとって、スターバックスは、コーヒーを飲む場所だけにとどまらなかった。
ハリケーン・サンデーでマンハッタンの39丁目以南が5日間停電に見舞われたとき、ミッドタウンにあるスターバックスは、停電難民でいっぱいになった。電気がないと、テレビもパソコンも携帯もできない。
そんなとき、多くの人が自発的にカフェへ流れ、カフェは、電源を共有し合い、情報を交換し合う場になった。暗闇の中、ロウソクで細々と生活していたとき、明るいカフェで人々と出会って情報を得、パソコンが生き返ってネットができたときは、世界が一気に開けたようだった。そして、もちろん、そこには、おいしいコーヒーと食べ物があった。
カフェは、リラックスした雰囲気の中で手軽にランチのできる場として重宝されている。おいしい軽食を気持ち良く食べる、それがカフェランチの醍醐味だ。
●カフェと客の攻防戦
カフェ経営上の頭痛の種の一つは、コーヒー1杯で何時間も粘る人が多いこと。NYでは公衆トイレがほとんどないことから、カフェのトイレを利用する人が多い。そのため、カフェの中には、レシートに書かれたコードナンバーを打ち込まないとトイレに入れないようにしている店、トイレに行くには店の人に言って開けてもらわねばならない店、トイレのカギを用意して管理している店、25¢コインを投入する有料トイレにしている店などがある。
また、カフェにパソコンを持ち込んで長居する客が後を絶たず、回転が悪い。特に、数人しか座れない狭い店内に何時間も居座られてはたまらない。アメリカのカフェはどの店もWi-Fiが使えるようになっているが、PC対策として、2時間経つとWi-Fiを使えないようにしている所、電源を取り外した所、窓際に設置したハイテーブルだけPC限定にし、そこにはクッションの付いた座り心地の良い椅子ではなく、スチール製のスツールを用意した所などがある。
ある店では、低いローテーブルとゆったりした座椅子に替えてパソコンを使いにくくさせ、それまで押しかけていたPC客がものの見事に少なくなった。なかには、Wi-Fiをすっぱりとやめたカフェもある。しかし、客あってのカフェ。客との綱引きは難しい。
◇NYの名物カフェ
○ブルーボトル(Blue Bottle)
最高品質の豆をローストして48時間以内に販売することを目的に、クラリネット奏者がオークランドで始めた。今や日本にも進出し、知る人ぞ知る超人気のカフェに。
○ピーツ・コーヒー(Peet’s Coffee)
約50年前、アメリカのコーヒーのまずさに驚いたオランダ人、アルフレッド・ピートがバークレーで上質の豆をハンドローストして始めた自家焙煎コーヒーの店。アメリカのコーヒー史を塗り替えることになる。
○スタンプタウン(Stumptown Coffee Roasters)
ポートランド発のロースター。コーヒー豆の製造者をファーマーでなくプロデュ-サーと呼ぶ。NYでは2013年にグリニッチビレッジ店が元書店を改造してオープン。NY大学の校舎の集まる辺りにある、インテリっぽいカフェ。
○カフェ・グランピー(Cafe Grumpy)
幻のコーヒーメーカー“クローバー”を使ってコーヒーを煎ることで有名。スターバックスのCEOシュルツ会長は、同店のコーヒーの味わいに感動し、クローバーを買収した。スターバックス(※一部の店)専用になったため、既存のクローバーはパーツの調達ができず、市場から消えつつある。
○ザ・ビーン(The Bean)
いつ行っても学生で混雑しているカフェ。ブルックリンにある、1840年創業のアメリカ最古のロースターでローストしたコーヒーを使用。NYらしいボヘミアン的“ご近所”のカフェ。
○マッド・コーヒー(Mud Coffee)
ミュージシャンが始めた。イーストビレッジ名物の派手なオレンジ色のトラックは、地下鉄駅の近くにあり、朝は通勤客の列。近くにある常設店、マッドスポットでは食事もでき、真夜中までオープン。音楽のライブも。
◇NYの人気カフェランチ・スポット
○フィカ(FIKA)
スウェーデン発のカフェ。スウェーデンの伝統的なスローロースティング法でローストした、コクのあるコーヒーが飲める。スウェーデン人シェフの作るスイーツも充実。
○チョコパン(CHOC・O・PAIN)
ハドソン川対岸のホーボーケンにあるフランス人によるフレンチベーカリー・カフェ。焼きたての自家製パンやスイーツで有名。
○ドミニク・アンセル・ベーカリー(Dominique Ansel Bakery)
ソーホーにあるフレンチのベーカリー・カフェ。クロワッサンとドーナツのハイブリッド、クロナッツで一躍有名に。
○ウエイサイド(Wayside)
ビールやワインも飲める小さなカフェ&バー。スイーツや軽食もあり、店を多角的に展開。いろいろな用途に利用できる。
○アーゴ・ティー(Argo Tea)
シカゴ発の紅茶専門チェーン。コーヒーメニュー、スイーツや軽食も充実しており、東海岸一帯に進出。
○チャオ・フォア・ナウ(Ciao for Now)
イタリアン夫妻の経営するキッチン・カフェ。「キッチンで少量作るのと工場で大量生産するのとでは、同じレシピを使っていても味が違う」として、すべてホームメード。イーストビレッジの人々の憩いの場になっている。
○ラ・メゾン・デュ・クロックムッシュー(La Maison du Croque Monsieur)
フランスの田舎家を思わせる一軒家で、たっぷりの大きめカップで出されるトマトスープと、チーズがとろける熱々のクロックとの相性は抜群。
【写真説明】
【1】スウェーデン発のカフェ「フィカ」。店名の「フィカ」がスウェーデン語で「一服」を意味するように、北欧らしく静かで落ち着いた雰囲気。
【2】同店の、スープとハーフ・ラップサンドイッチのセットは9$18¢(税を入れるとちょうど10$になる)。ポテトとリークのスープは、大きめのボウルでサーブ。サンドイッチは、チキンサラダ、クランベリー、タラゴン、リンゴ、ネギを巻いた上品なラップサンド。
【3】ハドソン川の対岸にあるホーボーケンにあるカフェ「チョコパン」では、焼きたてパンのサンドイッチに、ミニスープかサイドサラダを付けることができる。写真は、5種の穀物のパンにローストした野菜を挟んだサンドイッチ(8$20¢)。
【4】「ドミニク・アンセル・ベーカリー」のカフェでは、スープやサンドイッチなどの軽食を、ランチタイム限定で提供している。写真は、「ホウレンソウとグリュイエル・チーズのキッシュ」(9$75¢)。
【5】「ドミニク・アンセル・ベーカリー」のオリジナルスイーツの人気商品、「クッキーショット」。ショットグラス状のチョコレートチップ・クッキーの内側をチョコレートでコーティングし、中にバニラミルクを入れた個性的なスイーツ。
【6】「ウエイサイド」のメニューの品数は多くないが、朝食、ランチ、ワインのおつまみなどのメニューを用意し、店を多角的に展開。
【7】同店のモッツァレラ、ヤギのチーズ、サンドライド・トマトをサワードーのパンに挟んだサンドイッチ(8$50¢)とホームメードのトマトのスープ(カップ3$50¢)。
【8】「アーゴ・ティー」の刻んだトマト、ニンジン、玉ネギをレンズ豆に混ぜたティーサラダ。
【9】「チャオ・フォア・ナウ」のこの日のランチ・コンボのスープは、野菜チリ。豆、セロリ、ニンジンなど、シチューといったほうがいいほど具がたっぷり。サンドイッチは、スモークド・ターキーとトマトとチーズを挟んだもの。
【10】「ラ・メゾン・デュ・クロックムッシュー」の2階のイートインスペース。
【11】同店のランチ・コンボのサラダは、ポテトサラダ、コールスロー、ニンジンサラダ、セロリ・レムラードから選ぶ。スープは、トマトスープか日替わりスープから。