話題の郊外居酒屋を追う 「えぼし」厨房の第1線はパートの主婦

1995.04.17 74号 2面

神奈川県の茅ヶ崎駅からバスで一五分。何の変哲もない郊外の住宅地に、年商五億五〇〇〇万円、年間客数一万二〇〇〇人を吸引する驚くべき居酒屋がある。質と手作りにこだわる「えぼし」がその店だ。平日は近隣の主婦からサラリーマン、土・日となると東京、横浜から足を運ぶ客で満席。一時間以上並ぶのもザラという。どんな魅力があるのか。

オープンしたのは二〇年前。一〇坪、一〇席の小さな焼き鳥屋からのスタートだ。モットーである原価率五〇%の品質と手作りの本物志向が徐々に常連客をつかんで繁盛店へ成長。待ち客の行列を解消するため増築を重ね、現在は別館を合せ約一〇〇坪、一五〇席の大型店舗となった。場当たり的な増築のため、内装、外装はちぐはぐで見栄えは決して良くはない。店内のBGMもなければ、店員のユニホームもない。だが、そんな気取らない姿勢がアットホームな雰囲気をかもし出し、どこか郷愁を感じさせる。本物志向の料理と安堵感の一体が人気の秘密のようだ。

都心でも本物志向やアットホームをうたった飲食店は多い。だがそれはどこかぎこちなく、物件費、人件費がかさみ価格に上乗せされる。それに反した同店のやり方が郊外店の魅力なのかもしれない。「特定の人だけが来れるような店舗姿勢は飲食店の基本から外れている。皆が安く楽しめる店でなければと思う。そのためには食材原価五〇%は譲れない。居酒屋は流行を追う商売ではないので、宣伝や立地戦略にかかる費用はすべて料理の品質、価格に反映すべき。クチコミの集客を前提にすべきです」。おかみの鈴木マサ子さんの持論である。

原価率五〇%を売り物とするメニューは魚介類、焼き鳥を主力に二五〇種類。仕入れのため、築地、平塚、横須賀の市場に毎日通うほか、旬の素材を求め他県にも足を伸ばす。冷凍物を極力避けるため流通網を整備し、すべて正社員が現地まで赴く。

厨房での調理は主婦のパートが主力。慣れた手つきですべて手づくりで行われる。プロの調理人ほど技術はないが、セミプロである主婦の立場を生かして、さまざまなアレンジがなされる。一つの素材も主婦らのアイデアにより無限に変化する。こうした家庭的なメニューが同店の特徴の一つだ。(関連12~13面)

客単価は三七〇〇円で従来の居酒屋に比べると割高だが、食べることを主に来店する客層が多いことと、品質の良さ、手作りを考慮すればむしろ安い。価格に敏感な女性客が同店では八割を占める事実がこれを裏付けている。

繁盛極める同店の悩みは利益があまり出ないことだ。原価率五〇%の上、客が増えれば増えただけ従業員も増やす。正社員三〇人、パート二五〇人の大所帯では人件費、福利厚生費がかさみ、結局売上げはほとんど残らないという。メニューの絞り込みや調理の合理化も考えたが、「あまり出ないメニューでもそれについて来る客がいるし、手作りと高品質、また、安く仕入れて安く売るのは創業以来の方針」としてあえてそれをやめた。

店舗が大きくなればスケールメリットを追うなど合理化に踏み切るのは飲食店の定石。同店はそうした常識に逆行しており、店舗経営が安定してるとはいいづらい。しかし、危ない橋を渡りながらも本物、手作りにこだわる姿勢が客にとって、この上ない魅力なのである。

「居酒屋としては合格ですが、経営者としては失格ですね」と苦笑する姿が何故かほほえましい。

同店は他に支店を二店出店、本店の経営を安定させるため自社ブランドの製品をSM(スーパーマーケット)、および同店店頭で販売するなど新しい試みも始めている。

郊外で奮闘する「えぼし」を取材して、飲食店の本来あるべき姿を垣間見た気がした。

〈えぼし〉神奈川県茅ヶ崎市南湖5‐17‐56、Tel0467・86・6217、営業時間/午前11時30分~午後2時、午後4時30分~同9時30分(ラストオーダー)、月曜定休。

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