酒類流通の未来を探る

酒類流通の未来を探る:コロナ禍、業務用大打撃も家庭用が伸長

酒類 2020.07.18 12084号 04面

 「誰も経験したことがない」「先が見えない」–と、酒類業界関係者が口を揃える。国を挙げて東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会一色に染まっていたはずの今年。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大がすべてを吹き飛ばした。緊急事態宣言下の4、5月が過ぎ、6月には業務用料飲店でも営業再開が本格化。メーカーによる料飲店支援が着実に広がっている。加えて、この間にリモートでのオンライン飲み会や巣ごもり需要の増加、宅配の浸透など新たな動きも多数出現。従来はなかった飲用スタイルが広がったことは、非常事態下で生まれたプラス材料といえる。厳しさが消えない中で、コロナと共生しながら変化に対応できるか、業界各層の地力が問われる1年となる。(丸山正和)

 ◇100年に一度の危機を生き残れ 変化対応へ地力発揮

 酒類市場に新型コロナ禍の影響が目に見えて現れたのは2月。国内で初めて感染者の死亡が明らかになり、専門家会議が動き出した。27日には安倍晋三首相が全国の小中学校に対し臨時休校を要請。翌日には北海道知事が全国に先駆けて「緊急事態宣言」を発するなど急展開した。

 不要不急の外出自粛や営業時間短縮から休業の要請へ。十分な補償も決まらないまま自粛の要請ばかりが続き、業務用料飲店には混乱が広がった。

 居酒屋は、密閉空間・密集場所・密接場面のいわゆる三密になることが多い。クラスター(集団)発生のリスクが高いとされ、来店客が減少。店舗の休業が広がり、業務用市場はエンターテインメントや観光などと同様、苦境に立たされることになった。

 3月に入ると、メーカーの新商品発表会や記者会見、メディア向けイベントが軒並み中止となり、卸のほぼすべての商品展示会は中止や延期に追い込まれた。ビール工場の見学ツアーも同様で、VR技術を活用した「自宅で工場見学」のWebサイトを開設するメーカーも出た。24日には東京2020大会の約一年の延期が発表され、コロナ一色に変わっていく。

 3月はビールの出荷が前年に比べ3割程度落ち込むなど影響が顕著になった。大手メーカーは取引先店舗の休業や営業時間短縮を鑑みて、返品を受け付けるなどの対応に乗り出した。

 ●巣ごもり需要、オンライン飲み浸透

 緊急事態宣言下で外出自粛が広がる中、酒類関連で最も話題となったのはオンライン飲み会だろう。料飲店の営業自粛要請が広がる中で、ズームやチームスといったパソコンの会議用アプリケーションを使うことで、直接会うことなく自宅にいながらにして飲み会を楽しめるというもの。企業の会議後の懇親会から、より身近なスマホのアプリLINEのチャット機能を使った個人の間まで若年層を中心に幅広く実施された。

 メーカーではアサヒビールが1000人を対象としたオンラインの架空バー「いいかも!オンライン飲み ASAHI SUPER DRY VIRTUAL BAR」を4月下旬の土曜夕方に初開催。以降、内容を変えながら5月末までに計4回実施した。白石麻衣など同社のCMキャラクターを務める著名人が参加する回もあり、応募者が多いのが特徴だ。内容も参加者全員での一斉乾杯、酒に関するクイズなど毎回内容をブラッシュアップしながら実施を続けた。

 キリンビールは「一番搾り」を、タレントの指原莉乃と田中みな実がオンライン飲み会で楽しむWeb動画を配信。離れていても誰かと「おいしい!」を共有する日常的な楽しさを描き、自宅でも「ビールのある幸せな時間を実感してほしい」とのメーカーとしての思いを込めた。

 サッポロビールはその名も「オンライン飲み会」として、有名飲食店などとコラボして展開。「ヱビス」に合うメニューを考案した店との対話やサッポロライオンの銀座七丁目ビヤホールからの音楽演奏を配信。オリオンビールは地元沖縄のお笑い芸人を招いた「宅飲み」向けの視聴者参加型の動画を、4~6月までの計10回にわたりライブ配信した。

 例年リアルで行っていた人気イベントを急きょオンラインに切り替えたのがヤッホーブルーイングだ。地元・北軽井沢のキャンプ場で15年から開催しているイベント「超宴」。20年はファン2000人を集めて開催する予定だったが、5、6月と2回のオンラインイベントに切り替えた。

 これらでは酒に合うつまみや菓子の紹介のほか、参加者全員での乾杯やクイズといった視聴者との関わりを重視。企業やタレントが一方的に発信するのではなく、双方向でのやりとりが多く見られた。リアルイベントでは遠隔地のため参加できなかったが、オンラインだからこそ初めて参加したという人も少なくない。

 オンラインツールを使ったイベントという意味では、メーカーの主催以外の展開も目立った。県境をまたいだ帰郷、帰省が制限されていたこともあり、ゴールデンウイークの“里帰り飲み”などにも使われた。飲み会とは異なるところでは、日本酒の杜氏やワインの醸造家といった酒の造り手を招いたオンラインセミナーも活発化。これらも遠方でも参加できるといったメリットがあろう。

 リモートやオンラインでの飲み会については、量の販売にはつながらないとの指摘がある一方、従来にはなかった新しい飲酒スタイルとして期待する声も多い。利便性に加え、これまで酒を飲まなかった層にアピールしたことは、少子高齢化やヘビーユーザーの減少に苦しむ酒類消費の裾野拡大に対して大きな意義があろう。オンライン飲みでは、ぜいたく感を求めることから通常より高額な酒類を楽しむというデータもある。夏場はもちろん秋冬に向けて、内容や開催方法を工夫しながら継続的に実施していくことが望まれる。

 ●緊急事態宣言下“アマビエ”出現

 政府による緊急事態宣言が東京都など7都府県に出されたのが4月7日。16日には宣言の対象が全国へと広げられ、いよいよ業務用市場は身動きができない状態となった。

 店内での飲酒や食事が難しくなった料飲店に向け、国税庁が特例的に「期限付酒類小売業免許」の付与を決定。これにより食事だけでなく酒類のテークアウトが期間限定で可能となった。この試みは好評でランチとともに酒を持ち帰る姿が見られるようになる。海外のクラフトブルワリーなどで見られる耐圧・保冷機能が付いた容器「グラウラー」が一部ビールファンの間で見直され、ビールの量り売りが日本でもされるようになる。

 ウーバーイーツや外食での宅配やデリバリーが広がる中で、免許の問題はあるが酒類にとっても新しい市場創出のチャンスともいえそうだ。

 コロナ禍で過去からよみがえり急きょ増えたのが、妖怪のアマビエ関連の商品。疫病の流行を封じるシンボルとされ、マスコミ報道やSNSで拡散。4月7日には厚生労働省がコロナの対策啓発公報アイコンに採用するとさらに広く注目を集めた。

 酒類業界では沢の鶴が「純米吟醸 あまびえ」を発売し、売上げの一部をコロナの感染拡大防止のために寄付している。ほかにも日本酒の地酒、クラフトビールでアマビエをデザインしたラベルや商品名に付けた酒類が多数発売された。

 ●消毒用に高濃度アルコール登場

 また、マスク同様に手指消毒用のアルコールの需給がひっ迫したことを受け、各地の日本酒や焼酎の蔵元、ビールメーカーが、代用品としてアルコール分70%以上の高濃度エタノールの開発に乗り出した。高知県の菊水酒造が業界に先駆けて4月10日に「アルコール77」を発売。同社の「18年7月豪雨の際に受けた支援に恩返ししたい」とのメッセージが報道され、一般生活者からも多くの問い合わせが寄せられた。国税庁の製造要件緩和もあり、各地の和酒蔵元、ジンなどの蒸留所、大手メーカーへと同様の動きが拡大した。

 茨城県では地元のクラフトブルワリー木内酒造の呼びかけで大手NBビールメーカー2社とのタッグが実現した。同県内に工場をもつアサヒビールとキリンビールがコロナ禍で出荷見込みがなくなった樽詰ビールを提供し、木内酒造が高濃度エタノールに再蒸留する試み。製造にかかる費用を3社で分割負担し、茨城県のほか、各社のビール工場が立地する公共団体(守谷、取手、石岡、那珂)に手指消毒用としての寄贈が実現した。

 ●上期=機能系躍進、ビール苦戦

 6月までの酒類市場を振り返ると、業務用は3月が前年比4割減、4月が同8割強、5月が同7割の減少と大きな打撃を受けた。業務用での販売はビール総市場の3割を占めるとされ、メーカーや卸の間でも売上げに占める業務用比率の高さにより影響の大きさに差が出た。

 日本酒メーカーでは大手よりも地方の地酒蔵元の厳しさが目立つ。ビールでもクラフトブルワリーは樽詰での飲食店やビールイベントなどでの販売が大部分を占める。極めて深刻な事態となっている。料飲店同様、中小メーカーに対しても、国はもちろん業界を挙げた支援が求められよう。

 一方、首都圏を中心に顕著な伸びを示したのが家庭用だ。外出自粛による巣ごもりで食品SM、DgS、DSといった業態は軒並み伸長。CVSは住宅街が好調だったものの、都心部のビジネス街が苦戦するなど、立地によって明暗が別れた。

 種類別では、業務用の比率が高いビールのマイナスが目立つ半面、家飲みの増加に対応し新ジャンルの存在感が増した。運動不足から健康意識が高まっており、機能系の新ジャンル、発泡酒も堅調。発売から年月を経た発泡酒のロングセラーブランドに再び光が当たっているのも今年の特徴だ。ノンアルコール飲料もメーカーの開発強化により、「お腹周りの脂肪を減らす」「尿酸値を下げる」といった明快なメッセージを訴求する機能性表示食品を中心に支持を広げている。

 社会不安と節約志向の高まりで、ウイスキーや焼酎の大容量アイテムの引き合いが増え、「レモンサワーの素」をはじめとする自分の好みで酒をつくれるRTSも顕著な伸びを示す。ワインは値頃なデイリーに加え、3000円を超えるような中高級価格帯も動きがよいという。6月以降の下半期はこうした消費者の購買形態や業態の変化を見極めた上での商品提案が必要となってくる。

 ●料飲店へメーカーの支援活発化

 5月下旬に緊急事態宣言が解除され、6月12日には東京都の休業要請が「ステップ3」へと緩和され、酒の提供が午前0時まで可能となった。料飲店の営業再開が本格化してきたとはいえ、三密の回避をはじめとする「新しい生活様式」に基づく衛生対策の徹底が求められ、席数の削減などが不可欠となる。

 コロナ禍の解決には特効薬であるワクチンの開発が前提であり、現実的にも今年度内の収束は難しい。大手居酒屋チェーンの閉店や業態転換が報道され、年間を通じて個人店の廃業は進むとみられる。明確なアフターコロナの環境が見えづらい中では、ウイルスと共生するウィズコロナの考え方が重要となろう。

 こうした動きの中で活発化を見せるのが、大手ビールを中心としたメーカーによる料飲店支援策。先駆けとなったのが、創業以来料飲店との結び付きが強いサントリーだ。

 サントリーは5月13日時点でコロナ禍により休業する店を先払いで助けるプロジェクト「さきめし」に、グループとして1億円を拠出すると発表。「さきめし」は登録店に料金を先払いしておいて、コロナ収束後に食べに行くサービスのプラットフォーム。サントリー商品の扱いがない店でも登録可能だ。

 緊急事態宣言下で店舗の営業再開を待たずに飲食店に現金を届ける消費者基点の活動として一般にも注目を集めた。発表から約1週間が経過した同月19日時点でプロジェクトの登録店が3倍の6000店に急増した。

 先払いする際にかかる10%の手数料が、サントリーの支援により無料となるほか、同時期に登録飲食店への寄付の受け付けもスタート。寄付は5月末までに集まった金額を全登録店に均等に分配する仕組みになっており、特定の店を利用しなくても飲食業の応援につながる。サントリーが拠出した1億円は無料化する手数料分の負担に一定期間使われ、残りは寄付金となった。

 アサヒビールは「営業再開」や「昼飲み」「ハッピーアワー」といった店舗の営業状況を告知するポスターなどのツールを作成。取引先への配布のほか、同社のホームページにも掲載しダウンロードして使えるようにしている。従来から行っていた瓶ビール訴求策「あえてのビン」と連動し、「さあ、リベンジ会だ!」「ガマンが明けたら あえてのビン」といった需要喚起メッセージのほか、腕を伸ばしてジョッキで乾杯するイラストでソーシャルディスタンスを表現する店内POPも作成・提供している。

 7月に入るとサッポロビールも支援策を発表。同社の高島英也社長や社員、俳優の妻夫木聡をはじめとするCM出演者による飲食店を応援するメッセージの寄せ書きを作成。高島社長が自ら店を訪問して寄せ書きを手渡すといった活動を展開している。

 加えて飲食店の店外収益アップを助けるべく独自のECサイトを8月6日に開設する。100万人の会員をもつ同社のメールマガジンや公式SNSなどで店の情報を発信し認知度を高め、支援効果の向上を図っていく考えだ。

 また、「こう見えてもマスクの下は笑顔です」「食で活力を!元気に営業中 安全確保の為に精一杯対策中」「お持ち帰り出来ます」などの文言をデザインした店内掲示用のPOPも各種作成。店側が来店客の安全性を考慮して感染防止に努めながら営業していることやテークアウト可能なことを発信する。

 ブランドの世界観に応じた支援策をとる企業もある。アンハイザー・ブッシュ・インベブ・ジャパンは「バドワイザー」の活動の一環として新たに「RE:CONNECT(リ・コネクト)」を今夏からスタート。新型コロナ禍で苦況に立つ多様な表現者に発信の場を与える新しい取組みだ。

 昨年開催した大型イベント「BUDX(バドエックス)」の思いを引き継ぎながら突発したコロナ禍に対応する形で、音楽やファッション、芸術など幅広いカルチャーを支援していく。

 「BUDX」の予算などの一部2000万円を投入し、受け手と表現者をつなぐ場をオンラインで提供する。6月23日には第1弾となる音楽イベントを無料配信し、活動を本格的に開始した。7月9日には続く第2弾、第3弾の配信内容を発表している。

 同日には併せてメキシコ産ビール「コロナ」で旅行や観光業界をサポートする「Rediscover Paradise(リディスカバー・パラダイス)」の開始も発表した。世界中でホテルの部屋を料金先払いで予約し、一般の消費者に提供するという取組み。日本ではブランドを代表する音楽ライブイベントを5年間開催してきた沖縄の事業者を対象にサポートする。空室を提供するキャンペーンは9月に実施する予定だ。

 また、ベルギー産の「ヒューガルデン」では新たな樽容器による飲食店支援が進む。空き樽回収の必要がない12L入りPETワンウエー樽「ピュアドラフト」の展開で、開栓後30日間は鮮度を維持できるほか、樽交換時のビールロスも少なくてすむ。コロナ禍で集客が読みづらい飲食店でもムダのない営業を助けるエコな新容器として問い合わせが増えているという。

 ●下期最大のトピック=税率改正と新ジャンル

 ウィズコロナでの活動が求められる今下期。業務用・家庭用を合わせて最大のトピックといわれるのが酒税率の改正だ。20年を皮切りに23年、26年と3年周期で段階的に計3回実施される。ビールと新ジャンルが、それぞれ3段階の減税と増税。日本酒とワインが2段階で、減税と増税となる。

 今年は第1段階でビールと日本酒が減税、新ジャンルとワインが増税される。日本酒は1.8Lで18円の減税と極めて小幅なため、消費への影響はほとんどなさそう。ワインについて高額品は別として、ワンコインを下回る価格帯にはマイナスの影響が予想される。

 最も重要だと考えられているのが新ジャンルの増税。競合分野とされるRTDが今回の税率改正の対象外であり価格据え置きとなり、新ジャンルからのユーザー流出が進む可能性があるためだ。

 RTDは12年連続の過去最高販売量を更新、4年連続で2桁増を続ける酒類市場で数少ない成長分野。多彩なフレーバーで若者に人気なほか、アルコール度数が9%と高く甘くないドライ系は、コスパのよさもあり年配者の熱い支持を受ける。

 コロナ禍による家飲み増加を力にして、RTDは上期も伸長を維持してきた。新ジャンルが増税となれば、ますます追い風が吹く格好だ。しかもRTDが増税となるのは最終の26年。それまでは成長を続けるとの見方が大勢だ。

 対する新ジャンルは度重なる増税で、機能系以外では有力ブランドしか市場に残れない公算が大きい。ビール大手各社は主力ブランドの強化と新商品の育成に努めており、増税前の仮需が発生する9月には競争が激化しそうだ。多くの卸が盆明けからの告知でまとめ買いを訴求する方針を示す。

 ビールは減税が続く。今下期は10月以降に業務用を含めて市場の回復と併せて、需要の持ち直しに生かせるか期待がかかる。

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