苦境に立つタイ日系百貨店 コロナ、撤退、合弁解消…
大使館登録だけでも7万人。旅行者も含めれば10万人の日本人が暮らすタイで、日系百貨店が苦境に立たされている。8月末には1992年から営業を続けてきたバンコク伊勢丹が撤退。9月にはバンコクで1店舗を展開するバンコク東急がタイの合弁先との関係を解消した。さらには3月以降続く対新型コロナウイルスの非常事態宣言によって、買い物客の足は遠のいたままだ。古くからの日系びいきのタイ人客や在住日本人客は状況の好転を心待ちにしている。
8月31日、バンコク伊勢丹は28年間の営業を終え、その幕を閉じた。営業最終月となった8月は、週末ともなると常連客が長蛇の列を作り、最後の買い物や外食を楽しんだ。入居テナントによれば、売上げは倍増以上。つい半年前までの状況がうそのようだったという。
閉店を知り駆け付けた多くは、子どものころから日系百貨店に親しんだ比較的裕福なタイ人消費者層。1階に化粧品やジュエリー、2階に婦人服、3階に紳士服、4階に家庭用品、その階上に食品・飲食店街があるという日本式の百貨店経営は当時はまだタイでは珍しく、その希少性と新鮮さが人気の秘訣(ひけつ)となっていた。
商用や永住でタイに居住したり観光に訪れる日本人も、異国の地での日本風のサービスや品揃えに安らぎと満足を感じていた。来店客は28年間のめいめいの思い出を振り返りながら、閉店のぎりぎりまでを楽しんだ。
バンコク伊勢丹が入居した大型商業施設「セントラル・ワールド」では店内を改装後、2021年後期にも新装オープンする計画だ。施設を運営するタイ流通最大手のセントラル・グループでは、バンコク伊勢丹が築き上げた日本式の洗練されたサービスを維持しつつ、タイの消費者の嗜好(しこう)も取り入れた新しいモールを展開するとしている。
一方、バンコク伊勢丹の閉店翌日。同じエリアに出店するもう一つの日系百貨店、東急百貨店の現地法人バンコク東急が、タイ不動産開発・商業施設運営大手のMBKと合弁を解消したことが明らかとなった。共同で商業施設運営を展開してきたが、東急側が保有していた全株式をMBK側が引き取った。
合弁会社はバンコク東急が50%出資していたピーティーリテール・コーポレーション。バンコク東郊シーナカリン通りにタイ2店を出店するために14年に共同で設立した会社だった。ところが、売上げ不振からバンコク東急百貨店パラダイスパーク店は19年1月に閉店。合弁会社のみが存続した状態となっていた。
東急の残る1店舗であるMBKセンター店(1号店)はMBK側との資本関係はなく、今後の運営に影響を与えない。ただ、合弁の解消はタイ事業の後退を印象付け、今後の多店舗展開などの可能性を低くするのは事実だ。日系の百貨店を愛したタイ人客が、一つの区切りと受け止めるのは間違いない。
バンコク伊勢丹の撤退により、タイに残る日系百貨店はバンコク東急の1号店と、チャオプラヤー川沿いの大型商業施設「アイコンサイアム」に19年1月に出店したサイアム高島屋の2店となった。サイアム高島屋も開業直後こそは好調だったものの、立地が同川の右岸とあって日本人居住地区から遠く、割高感も解消されていないことから盤石とは言いがたい。
加えて3月以降襲った新型コロナは、これら百貨店経営を軒並み直撃した。バンコク伊勢丹の撤退やバンコク東急の合弁解消が、今後のタイにおける日系百貨店の経営にどう影響を与えるのか。注視が必要だ。
(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)