ようこそ医薬・バイオ室へ:胃にやさしい鎮痛剤、続々上陸

2003.11.10 100号 16面

よくアメリカ映画では、主人公がアスピリンを飲むシーンが出てくる。米国人に頭痛持ちが多いのかどうか分からないが、薬好きの米国人に日常生活を切り取って、主人公に親近感を持たせる手法なのであろう。

古代ギリシャ、インド、中国などで白ヤナギの樹皮を解熱鎮痛剤として用いたことから、この薬草に含まれているサリチル酸から、ドイツの製薬メーカーであるバイエル社のホフマン教授が一九世紀末に合成したのがアスピリン。爪楊枝に柳が使われているのは、柳に含まれるこのサリチル酸に鎮痛作用があるからというのは有名な話だ。

米国人があれだけアスピリンを飲んで、よく胃痛にならないものだと不思議であった。このアスピリンを含む非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDと略す、専門家はエヌセッドという)をよく使用するのは、リウマチや関節痛、生理痛などの患者なのだが、米国のリウマチ関係団体が、三~四年前にこのNSAIDの副作用で胃腸の出血などが起き、年間一万六五〇〇人が死亡しているという衝撃的な推計を公表したことがあった。もちろん、米国流のブラックな誇張ではあるものの、日本リウマチ財団の調査でも、NSAIDを三カ月以上服用している患者の三九%に胃炎、一六%に胃潰瘍が起きていたというから、重大な副作用といえるが、最近の研究で、この胃痛の原因が明らかになってきている。

ここから話は少しややこしくなるが、一九七一年に英国のベイン博士(一九八二年にノーベル賞受賞)は、アスピリンの解熱鎮痛作用は痛みを強めるプロスタグランジンという物質の産生を抑えるためであることを証明した。その後の研究で、胃の壁細胞にはプロスタグランジンを作る作用があり、これが胃酸の分泌を抑制するブレーキの作用を持っていること、また、胃粘膜下の血管でもプロスタグランジンができており、これが胃の血液循環を促進し、粘液などの防御因子を分泌し、消化酵素から自らを守っていることが分かった。つまり、NSAIDはこのプロスタグランジンをも抑えてしまうため、胃痛や胃潰瘍になりやすくなってしまうのだ。

さらに、NSAIDが、このプロスタグランジンを作るシクロオキシゲナーゼ(COX、コックスと発音)という酵素を阻害することが分かり、一九九一年に米国の二人の研究者がコックスにはCOX1とCOX2の二種類あることを発見した。で、COX1の方は恒常的に多くの組織に存在する酵素だが、COX2は炎症や発がん時に誘導される酵素で、発熱や炎症に主にかかわっているのはCOX2の方であった。つまり、これまでのNSAIDは両方のCOXを阻害してしまうために、胃痛という副作用が起こったが、COX2のみを阻害する薬を作れば、胃にやさしい鎮痛剤ができるわけだ。

というわけで、当然のことながら、COX2選択的阻害薬の開発が全世界で血眼になって始められ、米国では早くも一九九九年にモンサント社とファイザー社からセレコキシブ(商品名=セレブレックス)というCOX2阻害剤の第一弾が発売され、すでに慢性関節リウマチ、変形性関節症、強直性脊椎炎などに爆発的に使用されている(二〇〇二年で三〇〇〇億円以上)。

現在、前掲のセレコキシブを始め、ロフェコキシブ、バルデコキシブ、メロキシカムの四剤が発売されており、日本ではメロキシカム(商品名=モービック)がベーリンガーインゲルハイム社と第一製薬から二〇〇一年に同一商品名で並行販売された。ただし、モービックは慢性関節リウマチ、変形性関節症、腰痛症、肩関節周囲炎などへの適用なので、生理痛には処方してもらえない(はず)。今後、二~三年のうちに次々と前記のCOX2阻害剤が日本で上市されるはずだ。いずれもCOX1よりもCOX2を強く阻害するという感じで、COX1を全く阻害しないわけではないため、副作用が全然ないわけではないが、少なくとも患者のQOL(生活の質)は向上することであろう。

また、過重労働で生理痛や頭痛に悩む看護婦などのNSAID常用者に大腸がんが少ないという統計があった。そこで、米国で一〇年に渡る追跡調査の結果、NSAID投与群では有意に大腸がんの発症率が減少していたのだ。現在、米国国立がん研究所(NCI)でCOX2阻害剤の各種がん予防の治験が行われている。

(バイオプログレス研究会主宰 高橋清)

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