だから素敵! あの人のヘルシートーク:映画監督・山田洋次さん

1996.08.10 11号 4面

「男はつらいよ」など、日本人の心のふるさと的シーンが凝縮した映画を撮り続け、私たちにほのぼのとしたやすらぎを与えてくれる山田洋次さん。三年前には、夜間中学というこれまでの作品群と比べて重たいテーマを扱った「学校」を公開したが、これがヒット。この秋10月に公開される第二作「学校2」はさらに難かしい素材、高等養護学校が舞台という。「老後の問題と教育の問題、この二つに日本人は今すごく関心があるんです。そこで養護学校を背景にして、障害児教育に限定できない、学ぶということや人間と人間の物語が描けるのではないかと考えました」と語る山田監督。ロケ地でのこぼれ話や、撮影現場での食生活などを含め、お話を伺った。

映画というのは不思議なもので、ちょうど焼き物をつくるようなものなんです。焼き物の場合、こんな形、こんな色合いのものを作ろうと一応プランを立て、それを目指してはいるのだけれども、実際に焼き上って手に取ってみると、ときどき驚くような変化をしていることがあると言うでしょう。もちろん失敗もあるけれども、逆に新たな発見をしてビックリすることもある。映画もそんな感じで、出来上がってみて、初めて「あれ? この映画はこんな色合いだったのか……」と思ったりすることが随分あります。おかしな話でしょう?(笑)

この映画の場合は、まず子供から出発して、その子供の心の中を見詰める中で何か出てくるだろうと。子供は何かを見つけることができる。それは一人ひとりみんな違う。そういう能力を子供はみんな本質的に持っていますから。

出発点はそういうところだった。それで映画を撮り終わってどういう形になったかというと、何ていうのかな、要するに、みんな重い荷物を背中に背負わされて生きているというか、そんな悲しみのようなものがあるんですね。

その苦しみは、実は障害のあるなしを超えて、すべての人間にあるものではないか。どんな人間でもそれぞれに荷物を背負っているのではないか。それは時としてキリスト教的な罪ということまで含めてね。

みんな泣いたり笑ったりしながら生きているというのかな。そういうことがこの映画の基調になっているような気がしています。

障害児が背景に抱えている重い荷物については、何とか少しでも自分や周りが持ってやろうと。あるいは少しでもその荷物を減らしてやろうという努力がないと、その重い荷物は子供たちからなかなかなくならないと強く感じましたね。

養護学校をテーマにした「学校2」の舞台として北海道を選んだ理由はね、一つは空がたくさん見えて風景が広々しているロケーションです。

北九州でも四国でも大阪でも名古屋でも同じように大変な物語はあると思うんですが、だけどこの映画の背景としてはやはり北海道だなと。

白一色に余計なものを全部隠してしまって、大事なものだけを集積する雪の存在も大きいですね。人間の気持ちも清浄になるというか、澄んでいく、透明感みたいなものを感じます。

具体的なキッカケもありました。北道海・空知で、夜間中学を素材にした一作目「学校」の上映会と、それにからめた僕の講演会を、当地の学校でしてもらった時のことです。

意外なことにあとで慰労会があって、そこに高等養護学校の先生が二人いました。僕は実はその時まで、養護学校は知っていてもその高等部という存在があるなんて、知らなかったんです。それで興味深くて、話をした。

その時僕が二人に抱いた印象はね、「いかにも北道海にいそうな若者とその奥さん」という感じ。

要するに、先生である前に、北海道の一市民、普通の生活者を感じさせる人たちだった。

内地の長い歴史から見ると、大体百数十年前からの歴史ですからね。人情や人々の暮らし、人間関係が開放的なんです。風景と人間、その両方が開放的だから、とかく重くなりがちな素材が昇華できそうな気がしたんです。

映画のロケーションの最中は、昼ご飯は普通ホカ弁というのを食べる。

このホカ弁というのは、一見いろいろと工夫を凝らしているように見えても、実は毎日、同じような内容なんです。

大体、練り物と揚げ物ばかりです。これが三日も続くと正直うんざりしてしまいます。

なるべく腐敗しないもの、傷まないものと考えると、そういうものになるのは分かるんですけれど。

ところが今度の北海道・滝川ロケでは、町の人や先生の奥さんたちが出てきて交替でお昼を作ってくださった。これはすごく嬉しかったですね。

とにかく寒いですから身体の芯まで冷えているところに、毎日毎日いろいろなオカズが温かい飲み物つきで届けられたんだから。品数は少なくとも二品はあってねぇ。キツい現場で、いかに食べるということが疲労回復につながるか実感しました。

教育に関する問題、それから老後に関する問題。この二つに日本人はものすごく敏感なんです。関心があるんですね。

訳の分からない時代にあって、この二つの問題がどうなるか、どうなればいいのかと。誰もがこのままでいい訳ないと思っています。

夜間中学という非常に地味な素材を扱った前作の「学校」は三年前に公開しました。

当初の「はたして興業的に成り立つだろうか」という不安を押しのけて、これが成功した過程で、僕はそういう事実に気付きました。

この映画について、あるいはこの映画を離れてのいろんな実践の記録などを読むうちに、学校の現場には語るべきいろんな問題がいっぱいあるんだなと、僕自身、感じたわけです。

今回の障害児教育の現場ではとくに、先生たちの子供への愛情の深さというものを本当に凄いなと感じました。先生たちは子供を絶対に叱らないんです。してしまったことに対して、「なぜそんなことをしたんだ」と叱るのは意味がないと。「家庭での子育ても同じですか」と聞くと、「同じです」と言われた。

おねしょをしては叱っていた僕の子育ては失敗だったんだなとつくづく後悔しましたよ。

障害児教育というのは僕にとって全く未知の世界です。

何も分からないので、いちいち尋ねに行ったり電話で聞いたりしましたが、その先生も分からないことが沢山あるんです。

結局は何も分からない。何も分からないことを懸命に探り探りやっている。人間というのは複雑で神秘的なんだなということが、よく分かりましたよ。

◆プロフィル

31年9月13日、大阪府宝塚市生まれ。54年、東京大学法学部卒業後、助監督として松竹入社。「男はつらいよ」シリーズの開始は69年。日本中の人々から愛され続けるこの作品は、96年正月で実に48作目を迎えた。他に第1回日本アカデミー賞監督賞他5部門受賞の「幸福の黄色いハンカチ」や「遥かなる山の呼び声」、松竹・大船撮影所50周年記念映画「キネマの天地」、第15回日本アカデミー賞作品賞他4部門受賞の「息子」などの名作がある。93年には、十数年間温め続けてきた「学校」を製作、日本アカデミー賞最優秀作品賞他、数々の映画賞を受賞した。

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