肥満・糖尿病・高血圧のアボリジニの人たちを救いたい 3年間の壮大なドラマ

2005.02.10 115号 2面

テレビの健康番組でもおなじみ、「冒険病理学者」として知られる家森幸男教授は、WHO(世界保健機関)の協力のもとに世界規模の疫学プロジェクト「CARDIAC STUDY(循環器疾患と栄養国際共同研究)」を1985年からスタート、25ヵ国60地域を駆けめぐり、食と健康の関係を調査している。その家森教授らが当初からどうしても調査しお世話したいと望んでいた地域がある。オーストラリアの先住民族、アボリジニと呼ばれる人たちに関してだ。困難を極めるこの調査が2002~04年にかけてようやく行われた。その壮大なドラマの模様を家森教授から聞き書きした。

「1985年からどうしてもこの地域を研究の輪に入れたいと願っていたのは、世界で最も健康状態の悪い、生活習慣病が多い地域としての報告があったからです」。

平均寿命(1991~96年)をみても、男性が56・9歳(オーストラリアの平均75・2歳)、女性が61・7歳(同81・1歳)と非常に短い。一体何が彼らの寿命を縮めているのか。それは食生活の激変にあった。悲しいことに、その食生活の変化は18世紀後半から200年以上に渡って続けられた入植者による迫害の歴史と切り離して考えることはできないようだ。

1770年に英国人がオーストラリア大陸に上陸し、先住民族であったアボリジニたちは「不法占拠民」として肥沃な土地を奪われ、そこから追い出された。彼らにとって土地は所有するものではなく、人間も含め神話・伝説とともに生き物すべてがそこに属していると考えていたが、そうした伝説的な風習を含め、よって立つところを根こそぎ奪われてしまった。入植者が持ち込んだ病原菌によって人口も激減。生き残ったアボリジニたちは伝統的な狩猟の場を失い、白人の食糧に頼らざるをえず、小麦・砂糖・塩・脂の食文化が彼らの健康をむしばんでいったのだ。

「調査を始めると状況はさらに悪いものでした。また、これまでの60地域では、自分の健康状態を知り、そこから良くするにはどうすればいいか、かつそれが世界規模の調査に反映され、世界の人たちの健康に寄与する…そういった意義の理解が得られたのですが、ここでは壁にぶつかりました」。

幾重にも傷ついてきた歴史を持つ人々は、信じることをためらった。彼らの伝説によれば、調査に必要な尿や血液は神聖なものなので、他人には渡せないという背景もあった。

「そこで私が力説したのは、アボリジニと日本人はひょっとしたら共通の祖先を持っているのではないかという話でした(1面参照)。遠くまで旅をし、それぞれ住み着いた海岸沿いの肥沃な土地には、日本と同じように貝塚が残っていた。かつて日本の縄文時代のような食文化をもっていたのではないか。ぜひ協力して、これから皆さんの命を縮める病気の予防を考えていきましょうと」。

アボリジニの人たちの中で、やっと教育を受けられた栄養士らを日本に招くなどの努力も実って、ようやく採尿・採血の協力体制ができた。ここまでにすでに1年の年月を費やしたという。

「検診がスタートしたのは2003年の3月。結果は驚くべき肥満と糖尿病・高血圧の多さでした。早い人では糖尿病が20代の後半で始まって、40代になると3人に2人が糖尿病あるいは高血圧、50代になると9割。50代後半で100%がそのいずれかの症状を持っています。これでは長生きできるわけはありません」。

深刻な状況に対して家森教授らがとった作戦が、大豆入りのパンによる栄養改善だ。かつて小麦粉の配給を受けていた時も、彼らは森の木の実をとってきて伝統的なパンを作っていた。そのパンに似ているということで、大豆入りのパンは喜んで受け入れたのだが、しかしここでも問題は起こった。

「これまで世界中で50代前半の人を対象として予防活動を行ってきましたが、ここではその年代はほとんどが病気。糖尿病の影響で腎臓が悪くなっている場合、タンパク質を与えることは必ずしもいいとは限らない。そこでこの予防のためのプロジェクトは年長者は対象にはなりませんとしたのが、いけなかった。“年長者への敬意”を疎んじると反感を募らせ、中止命令が出てしまいました」。

調査はまた頓挫のまま、1年が過ぎた。しかしやはり誠意のある本物の活動にはいつか追い風が吹くものだ。

オーストラリアの地元テレビで、ある男性が紹介されたことが、そのキッカケとなった。家森教授らが検診した70代の男性で、肥満と糖尿病・高血圧の症状がみられたことから、運動療法と食事療法を指導した。男性はその処方をよく守って、1年の間に一目見て別人と思われるほど減量に成功したばかりか、症状も良好な状態へ導き、アボリジニらしい精かんな外見を獲得した。その変化は、まず検診を受けたことが健康長寿に役立ったと評判になったのだ。

「こちら側でも、大豆タンパクの扱いについて研究方法を検討しました。大豆をいろいろな成分の総体として丸ごととるのがやはり一番いいと考えるものの、腎臓への負担のリスクが高い人たちには、負担の原因であるタンパク質部分を取り除いた形で食べてもらう。大豆からタンパク質だけを除き、イソフラボンをはじめとしてサポニン、マグネシウムなど他の成分は大豆本来のバランスを保った形のタブレットを用意し、これを長老たちに活用しました」。

パン、タブレットの摂取は順調に進んだ。しかし行程はこれで終わりではない。次の課題は摂取期間が終わり、結果を調べるための検診だが、なんと対象者はなかなか会場にやってこない。検診チームも無期限に滞在しているわけにはいかない中で、どんどん日が過ぎていった。

「パンやタブレットを貰えば検診を受けるのは当然と考えてもらえない。このままではせっかく苦労してやってきた調査が水の泡になってしまう。そこで私は残すところあと2日という時になって一計を案じました」。

時はくしくもクリスマス、家森教授は検診会場をパーティー風に仕立てた。サンタクロースに扮する人、赤鼻のトナカイになる人、家森教授も大きな蝶ネクタイをつけ会場の外で呼び込みをした。

「幾多の冒険まがいのことをしてきた私ですが、検診のため仮装して呼び込みをしたは初めて。しかしこれが功を奏しました」。

足かけ3年の努力はムダにはならなかった。

「検診最終日、万感の思いを込めて皆さんに話しました。世界中で贈り物をし合うこの時期に、私と皆さんは健康というベストの贈り物を世界に贈ることができました。この検診の結果は、きっと皆さん自身とともに世界中の人の健康に役立つはずです」。

◆大豆が世界を救う!

大豆はタンパク質・脂質・炭水化物という身体をつくるために非常に重要な役割を果たす3大栄養素がバランス良く含まれた天然の健康食品。

タンパク質の質の高さは、必須アミノ酸のバランスを目安としても測られるが、そのスコアが植物性タンパク質の中で最も高い。この大豆のタンパク質はまた、悪玉コレステロール(LDL)の低減にも一役買っている。

脂肪についても、血管にやさしい脂質が中心で、コレステロールはまったく含まれておらず、むしろ体内で悪玉のLDLコレステロールの増加を抑え、血液サラサラ効果の高いリノレン酸が豊富。大豆レシチンというリン脂質も血液中のコレステロールを低減させる働きがある。

3大栄養素のほかに、食物繊維・カリウム・カルシウム・マグネシウム・鉄・亜鉛・リン・ビタミンE・ビタミンB1・葉酸・そしていま注目を浴びているイソフラボンなど多種多様の栄養成分が含まれている。

イソフラボンは大豆の胚軸(芽)の部分に最も多く含まれている栄養成分で、(1)血圧を低下させる(2)血液中の悪玉コレステロールを減らし、バランスを整える(3)骨量の減少を抑えて、骨粗しょう症の発生を遅らせる(4)更年期障害の症状を抑える(5)肥満(とくに更年期の)を予防する(6)乳がんの予防、前立腺がんの予防(7)あらゆるがん死亡率を低下させる-などが期待できる。

家森教授は今回、これまでの実績から世界的に最も効果の高かった大豆による栄養改善を採用した。

◆人類はずっと飢餓にさらされてきたから…

人類の長い歴史を振り返れば、ほとんどが飢餓にさらされている時代であった。人類は少ない食糧をいかに効率よくエネルギーに変えるかという形で淘汰、進化してきたわけだ。粗食になれてきた者たちが、いきなり脂肪・塩・砂糖をたっぷり使った高エネルギー食に切り替わった時、健康がどんな形で害されていくのか、アボリジニは身をもって教えてくれたといえる。

日本人もアボリジニほどではないにしろ、糖尿病になりやすい体質・遺伝子を持っているといえる。長寿国を名乗っていられるのは、ひとえに大豆・魚・野菜が組み合わさった日本食のバランスの良さからだろう。

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