滋味真求 塩屋醸造(長野・須坂市)の天然味噌

1998.09.10 36号 25面

「手前みそ」という言葉があるが、このフレーズを素直に納得できる醸造元が信州・須坂市にある。喧騒の冬季オリンピックも終わり、すっかりモダンな街並みに生まれ変わった長野市を車で抜けて三〇分。突然江戸時代にタイムスリップしたような、白壁の家々が軒を並べる街角がある。ここが明治時代に生糸の町として栄え、最盛期には女工数千人を抱えたという須坂の町である。その一角に切り妻の屋根がつらなる醸造蔵を擁し、堂々たる門構えに大暖簾をさげた「塩屋醸造」がある。

一〇代目の当主である社長の上原衛さんにうかがうと、塩屋の歴史は古く、上杉・武田の戦いに始まり、ご先祖は川中島の合戦の際、上杉方についた葛山城主の臣という。この合戦に破れ禄を失った先祖は、戦いを通じ「塩」の重要性を教えられ、塩を商うことを考えた。ここから塩屋の屋号が誕生したとのこと。この合戦から「敵に塩を送る」というフレーズが生まれたように、海のない土地柄ながら昔から塩に縁のあるお国柄である。

さて、塩屋の門をくぐると、正面に何とも大きな屏風のような岩が鎮座している。昔、母屋と醸造蔵の仕切りにと、この岩を運んできたところ、転がしながら降ろす際、不思議にひとりで立ったという。それ以来、縁起石と呼ばれ、代々塩屋のシンボルとして今日まで言い伝えられてきたそうである。

みそ仕込み蔵に入ってみると、何とも芳しい香りの中、巨大な三十石木桶がずらりと並んでいるのは壮観である。ここで仕込まれたみそは丸一年間、じっくりと熟成を重ね、風味豊かな天然みそに育っていくのである。

仕込み蔵は日中でも薄暗く壁、天井などは何とも煤けたような感じがするが、これは数百年前からの「蔵の精・蔵の華」ともいう醸造菌が壁、天井、空中に生息しているからだ。この「自然菌」をたっぷりと取り込み、長い年月をかけて熟成させたみそが、塩屋独特の手造り天然みそとなる。

木桶の置いてある下は、今様のコンクリート敷きではなく、砂利を敷いた土間のままだ。ここでみそは大地の気を呼吸し静かに熟成していくのである。このようなところにも当店の古式醸造の妙があるのであろう。

また同店は伝統を重んじるとともに、最新のバイオ技術をも取り入れ、信州特産のえのき茸ペーストとみそとの組み合わせによる「えのき味噌」という新製品を誕生させた。「えのき味噌」の中にはえのき茸ペーストが二〇%も添加されているため、みその中に糸状のものがたくさん含まれているが、これが昨今の食生活の中で重要視されている食物繊維である。えのき茸のダシがたっぷりと含まれた「えのき味噌」は伝統のある店から生まれた新しい味として好評を博している。みそ汁はもちろん、きゅうり、にんじん、大根などの野菜類につけて食べても旨いものである。

同店はみその他に各種天然醸造のしょう油を生産しているが、その中でも手絞り「溜まりしょう油」は素晴らしい味である。二年間熟成させた「もろみ」を昔ながらの手絞り機にかけ、じっくりと絞るわけだが、滴り落ちる一滴一滴の溜まりに旨さが凝縮しているようだ。冷奴、納豆、刺し身、照り焼き、焼き肉などのかけしょう油として、少しぜいたくではあるが素晴らしい風味である。品の悪い食べ方で恐縮だが、新鮮な生たまごにこの溜まりしょう油を落とし、熱々のどんぶり飯にかけると、何杯でもお替わりがしたくなる。病みつきになること請け合いである。

ところで同店の旨いみそ、しょう油であるが、生産量が少ないため小売りはしていない。須坂まで出向かないと買えないが、申し込めば直送してくれる。

こうじ味噌(段ボール詰め二キログラム)一四五〇円。えのき味噌(一キログラム)一二〇〇円。溜まりしょう油(一リットル容器)一三〇〇円。その他詰め合わせセットも多数ある。送料などと合わせ問い合わせのこと。

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